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第4話 ちょっとした非日常

 歩いて帰る。空は白白と明るい。もう始発は出ただろう。暗い夜道を歩きたかったのに、町はもう目覚めてしまった。喧騒が始まる。  たどり着いた一人の部屋。 ドアのそばに置いてある鏡で顔を見る。 疲れた27才の老人がこっちを見ている。 「おまえは寂しいのか?」 自分の言葉に吐きそうだ。 「嘔吐、ってなんだっけ?サルトルか。」 昔、学生だったことがある。その頃溜め込んだ理屈っぽい自我。教養学部、哲学科。  自分は何者か、と問う。鏡の中に何者にもなれていない俺がいる。  誰かに愛されたいと思う。甘ったれた事を言いたい。  否!と知ったような顔をする奴らに背を向けて。  出会いなんてものは、そうそう起きる事じゃ無い。誰でもいいなら、出会い系で充分だ。  ヤリモクならすぐに見つかるだろう。 「貴也はどんな人が好みなの?」 とマスターに聞かれた。 「男が好きなわけじゃ無いでしょ。」  あんたが言うか? ゲイの沼に引き摺り込んでおいて。 「普通がいい。ずっと愛し愛される恋人が欲しい。つまんない生活でもいい。  屁理屈言わない恋人が欲しい。」 「ああ、確かに貴也の周りには優しい人がいないな。」 「無自覚な純粋さ、が欲しい。 そんな奴この世にいるのかな。」  次の泊まりの時だった。 22時半から翌朝の7時半まで。  深夜2時。スタンドでセルフで給油している客がいる。でも、なんだかおかしい。たまたま俺が外に出た時、気付いた。僅かに傾いている。 「お客さん、タイヤ、パンクしてますよ。 助手席側。」 「あ、ホントだ。」  今は修理出来るスタッフがいない。整備士ではない人間がやるのは禁止されている。 「ここで直せないのでJAF呼びますか?」 すぐに来てくれた。 「気がつくの早かったんでタイヤ交換しないでパンク修理出来ますよ。」 JAFの人は親切で、すぐに直った。 「ありがとう。」 「いやぁ、JAFの人に言ってください。 早く直って良かったね。」

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