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第6話 昔の彼女
帰って来た一人の部屋。
ドアの鏡には少し元気な若者がいた。いつもの暗鬱な老人はナリを潜めていた。
「よしっ、寝る準備だ。」
くたびれたトレーナーを脱ぎ捨てて、スクワットをする。筋トレは裏切らない。
腹筋が少し割れている。大胸筋が膨らんできた。パンプアップさせるために軽いワークアウト。気力が溢れる。
朝早く目覚める。5時半。体内時計が狂っている。学生時代はいつも眠かったものだ。
起き上がって軽くストレッチした。なんだか走りたい気分だ。ニューバランスのジョギングシューズを履いた。気分がいい。
家は九十九里浜に近い、アパートだ。
海岸に出る。風がビュービュー吹いている。
昔、彼女がいた。彼女と海岸を歩いた。昔というほど昔じゃない。
「貴也ぁー!」
はしゃいで声をかける。風に負けないように大きな声。
(あんな事が可愛いと思ったんだ。)
悪い娘じゃなかった。
「私の事、好き?名前呼んで。」
「田中さん?」
「違う、下の名前。」
「恵理子、、ちゃん?」
「なんか他人行儀だ。」
ああ、面倒なんだよ。
ちょっとキスしたらもう彼女気取りだ。
何なんだ!他人だろ。
恵理子は同じ大学だった。女の子が少ない難関大学。この大学目指してかなり、頑張ったんだろう。彼女は美学を専攻していた。日本でたった一つ美学科がある。
俺より難関な学科に入った女の子に興味があった。
二人ともシュールレアリスムを取っていた。
「アンドレ・ブルトンより、トリスタン・ツァラの方がイケメン。危なげがあって好き。」
レベルの低い話をする。わざとなのか?
それで話をするようになった。
「純粋詩、だよ。
筆舌に尽くしがたいもの。」
「ブレモン、ね。
ダダイストとしてのツァラと、アンドレブルトンのシュールレアリスム宣言との主張の違いをあなた、どう考える?」
「ああ、キャバレーボルテールヘの回帰だ。
自由に語れる場、が必要だ。」
お互いに背伸びして屁理屈を喚いていた。
思い出しても変な汗が出る。
結局、彼女とは別れてしまった。
キスした後はお決まりのセックスへ移行する。
ホテルへ行った。ベッドの上で彼女は
「さあ、どうぞ。」
と言う顔をしていた。横に添い寝してブラウスを脱がせようとした。
手を入れて乳房に触れた。手を引いた。
ゾッとしたのだ。その柔らかさに。
気味が悪い、と思ってしまった。
「ごめん、俺には無理だ。」
「男の人はみんなやりたいんじゃないの?」
ペニスは項垂れたままだった。いつも部屋でAVを見て興奮したはずだった。
俺は気づいてしまった。AVは絡みに興奮していた。男優の絡み。女性単体に興味は持てない。
興奮するのは女の身体に興奮して頑張る男にだった。対象は何であれ、興奮する男に興奮した。
俺は男が好きなのか?
恵理子に泣かれた。泣いている彼女はセクシーだった。
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