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第8話 佐波氏

 佐波氏は准教授で精神科医。週の半分は臨床研究のため、付属病院の精神科病棟にいる。  学部の研究室に戻ると、自分の机でひたすら書物を読んでいる。近寄りがたい雰囲気をまとって、不躾に近寄ってくる学生を牽制している。  先輩ヅラしたサークルのメンバーが紹介してくれた。 「佐波氏、彼は新入りですが、何か性の悩みを抱えているようなので、一つよろしくお願いします。」  そんな形骸的な紹介で、俺の苦悩は伝わるのか?と心配になった。  佐波氏はチラッと俺を見てまた、書物に目を戻した。  机のそばの椅子に座ってしばらく大人しく待っていた。  うず高く積み上げられた本の山から手近な一冊を取って読んで見た。  紹介者はとっくの昔に去っていた。 一区切りした、佐波氏は俺に気づくとハッとして立ち上がった。 「あ、キミいたのか。忘れていた。悪かったね。」  ニッコリと笑いかける佐波氏は、この上もなく美しい人だった。 「すまないね。僕の悪い癖だ。本を読んでいると他の事を忘れてしまう。  話を聞こう。時間は大丈夫? 夕飯をおごるよ。」 もう、立ち上がって白衣を脱いでいる。 「嫌いな食べ物はあるかい?」 「あ、大丈夫です。好き嫌いは少ない方です。」  後をついていくと学部の駐車場だった。 旧車のワーゲンパサートだ。佐波氏は古い車に乗っていた。助手席に乗るように促されて車を回り込んだ。 「ゆっくり話ができる方がいいね。」  そう言ってしばらく走って和食の店に連れて行ってくれた。個室に案内された。 「ここなら誰にも聞かれないよ。 キミのヰタ・セクスアリスを明かしてごらん。」 何だか、落ち着いた座敷の風情に気圧された。

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