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第11話 泳ぐ

 大学には学生用のトレーニングジムがある。俺はいつも時間があればここで筋トレしている。  鏡ばりの壁面に自分の身体を映して筋肉のつき具合を確認する。筋トレは趣味だ。  鏡を見るのは、自分で決めたメニューをこなした後で必ずする儀式のようなものだった。 「やあ、ナルキッソスかい?」 佐波氏に声をかけられた。一人でポージングしながら自分の筋肉に見惚れていた。 「先生、恥ずかしい所を見られちゃいました。」  佐波氏は惚れ惚れするような身体で入って来た。 「自分に見惚れるなんて、いいなぁ、若さは。」 「そんな、自意識過剰ですね。お恥ずかしい。 それより先生、すごい身体してますねぇ。」 「ああ、筋トレは趣味なんだ。筋肉の精神に及ぼす影響について、興味あるのだよ。」  俺は目が離せない。顔の美しさと身体の完璧さ。その上に怜悧な頭脳が乗っている。  こんな生き物を,神様はなぜ作ったのだ? 「あんまり,見つめるなよ。 老骨に鞭打って来てるんだからさ。 キミは泳がないのか?」 「泳ぎます。ご一緒させてください。」  俺はこの時、自称ゲイだとは言っても、その世界は未経験だった。何がしたいわけでもなく、 ただ先生を見ていたかった。  50mプールは水泳部が使っているので25mプールに行った。   見事なその身体を見ていた。 「キミは泳げないのか?」 ハッと気づいて慌ててプールに入った。 まず夢中で2往復、100mを泳ぎ切った。 「泳ぐの達者だな。何かやってたの?」 「ええ、親父の趣味に付き合ってスキューバダイビングを少し。」 「ああ、海か。海はいいなぁ。 どこら辺に行くの?」 「三浦海岸の先ですね。三崎にポイントがあるんです。」 「私もダイビング、少しやるんだよ。 専ら、千葉の館山。洲崎あたりだが。」  思わず話が盛り上がった。着替えてまた、今日も食事に誘われた。  今度は俺の知っている所に誘った。 四谷、しんみち通り。居酒屋だ。 「こんな所しか知らないので。 アパートが近くなんです。」 「じゃあ、私も今夜は酒を飲もうかな。」 タクシーもあるから,と先生に酒が解禁された。

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