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第12話 ダイビング

「5月の三崎は、念仏鯛のカーテンが見られるんですよ。  ボートエントリーで沖のパラダイスポイントまで行くんです。  濁っているのか?と思うと全部小さい念仏鯛、なんです。薄いピンクの小魚が数千匹でカーテンを作っている。  6月には奄美にマンタを見に行く。 梅雨入り前の短い間ですけど、 マンタが見られるんです。」 「ああ、館山の洲崎灯台のあたりも昔は綺麗だった。岩場にメゴチとか魚がいたな。  もう何年も行ってない。」 ダイビングの話で盛り上がった。 佐波氏は少し酒に酔って、頬を赤らめて綺麗だった。男に綺麗というのはおかしいだろうか。  また、見惚れてしまった。 「焼き鳥、美味いな。 今度はうちの方にもいらっしゃい。 うちの奴も料理うまいんだよ。」  一人暮らしの俺にありがたいお誘いだった。 「先生、奥さんがいるんですか?」 「ああ、おかしいかい? 学会で外国に行くと、妻同士の付き合いもあるんで夫婦で招待されるんだよ。」 「そのための妻帯ですか?」  それは佐波氏の照れ、だっただろう。 日本人は妻を愛しているとは、人前で言わない。 片時も離れたくない、とは言わない。  さも、便宜上仕方なく結婚した、などと言い出す。 「先生はゲイじゃないんですね。」 「もちろん、理解はあるよ。私はヘテロだが。」 (俺は何でショックを受けてるんだ? 当たり前の事じゃないか。)  佐波氏は、患者と面談する時、しっかり相手と向き合う。仕事柄、患者が心を開く術を心得ている。目を見てしっかり聞いてくれる。  その美しい顔に信頼の証を見てしまう。 「お子さんはいらっしゃるんですか?」 「いや、まだいない。 僕も妻も欲しがってはいるんだけどね。」    円満な家庭が目に浮かんだ。優秀な精神科医の夫と美しく聡明な妻。  俺は吐きそうになった。  いつも一つ一つ丁寧に話を聞いてくれた。 俺はその優しさを勘違いしてしまった。  俺が男しか興味持てない、と言った事に熱く共感してくれたと思った。  もしかしたら佐波氏もゲイでは?と期待してしまった。  それでも忘れられない。何かにつけて相談という名の押しかけを繰り返した。  さすがに人の心理をよくわかってくれる佐波氏にますます惹かれていく。 「どうしたら、いいんだ?」

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