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第13話 奥さん
世の中の大人たちは年令と共に結婚相手を見つける。セックスをして子供を作る。
その当たり前がおぞましい。
性欲はある。ドロドロした妄想もある。俺は何を求めているのか?時々見失う。
フロイトの研究者だという佐波氏に近づきたくて読み散らかした本が放り出してある。
『夢判断』『精神分析入門』
(俺はフロイトに抵抗を感じる。)
佐波氏の研究室へ再び訪ねる。
「先生はフロイトに影響を受けているのですか?
僕はユング派です。」
浅い知識で食ってかかった。否定したかった。
ご立派な先生を論破出来るはずもなく、情けない甘えの抵抗だった。
「貴也君、もっと学問を追求しなさい。」
見下すように言われた気がした。
佐波氏は人を見下したりしない。
「キミと夕食を共にするのは、この頃の僕の楽しみだったんだよ。
どうだい、今夜はうちに来ないか。」
餌をもらいたい犬になった気分だ。尻尾を振って家について行った。
珍しく先生はジムニーに乗っていた。助手席に乗り込む。これも旧式の車で、シートをボタンで留めてあった。
「この車は洲崎に行くのに使ってたんだ。
海岸までの細いダートコースに最適だ。」
佐波氏の家は世田谷、桜新町の瀟洒な建物だった。奥さんの趣味だろう。鉢植えの花だらけでむせかえるような庭だった。
「いらっしゃい。どうぞ気楽にしていてね。」
可愛らしい奥さんだった。
(佐波氏はこういうタイプが好きなのか。)
俺は妄想を逞しくした。
(あの身体でこの人を抱くのか?
野獣になったりするのか?)
「何か、食べられないものはないかしら。
アレルギーとか。」
佐波氏と同じようなことを聞く。
夫唱婦随か。全く腹立たしい。
「あ、大丈夫です。何もダメなものはありません。」
俺はイライラしていた。
(なんで、こんなに腹が立つのか?)
「キミは誤解しているね。
僕はフロイトの信者じゃないよ。
むしろ、わからないものの存在を認めるユングの方を信じたい気がする。
夢判断には抵抗を感じるね。」
食後のデザートの時に佐波氏は言った。
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