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第14話 言葉は全てを言い尽くせない
俺は精神分析なんかに興味はない。自分の性癖に戸惑っているだけだった。
たまたま出会った佐波氏は、その美しさで人の心をむき出しにする力を持っているように感じた。怖かった。
好きになってはダメだ。自分を滅ぼす人だ、と本能が警告している。
精神の内部に踏み込んで、本人にその気が無くても、被験者は蹂躙される。
俺は興味深い症例になろうとした。
常軌を逸した患者なら、佐波氏は全霊をかけて俺を研究してくれるだろう。そんな事を考えていた。
「キミは間違った方向に向かっているね。
佯狂を装うつもりですか?」
俺は羞恥心に塗れた。
(バレている。佐波氏に興味を持って欲しかったのがバレている。)
「先生は俺を抱けますか?
俺の気持ちをわかっているでしょう。」
佐波氏は俺の手を取って強く握ってくれた。
温かい手、だった。
「僕は医者なんだ。フロイトの残したものは偉大だ。ユングは多分に東洋的だ。仏教的、と言おうか。
先達の残した業績は次代への叩き台になる。
キミは何を学んだのか?」
頭を殴られた。教養主義のデッカチな頭は一瞬で粉々になった。
俺は恥じ入った。
「先生、俺は諦めません。
先生に抱いてもらう事を。
ゲイは心の中だけです。
実際に俺は童貞です。
生半可な若造です。
帰ります。」
恥ずかしさで死んでしまいそうな気持ちのまま、旧246号線を歩いて帰った。
その日から俺の心の放浪は始まった。
ハッテン場に通い出した。
独特の雰囲気のハッテン場という所。
最初はどうしていいのかわからなかった。
病気も怖かった。
ネット情報で迷い込んだ初心者丸出しの俺。
ただ座って眺めていた。薄暗い通路。両側に簡易的なドアがある。覗き窓があって、薄らと中が見える。声を出してはいけないらしい。特別な誘い方でもあるのだろうか。
半裸の男が肩を抱いて入口を指差した。
競泳用のビキニパンツが並んでいる。
その男もビキニパンツだけなのだ。
ここでは、それが制服?並んだ中から一枚取って
五千円、と書かれた箱に札を入れた。
服を脱いで全裸になってそれを穿いた。あとはコインロッカーに全部入れてカギを腕につける。
市民プールみたいだ。銭湯か。
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