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第16話 意識と無意識

 佐波氏は語る。 「無意識の抑圧され歪められたものを、意識の網の目からこぼれた日常の作為や夢の中から拾い出す。でも僕はそれで何かを得るよりも、人間に対して次第に悲観的になっていったんだ。」 先生は何が言いたいのだろう。  俺はもう汚れてしまった。 先生が何かを授けてくれようとする。それに値しない俺がいる。  いっそのこと、恥辱に塗れて犯されたい。  精神科病棟にジョーとサブがいた。 「こんにちは。もう退院しちゃったかな、と思ったんだけど、会えてよかった。」 「貴也?どうしたの。」  談話室に行って自販機のコーヒーを三本買った。 「サブたちは仲いいね。」 ちょっと頬を染めてサブが可愛くなっている。 「いつも一緒だよ。今度一緒に暮らすんだ。」  嬉しそうにジョーが言った。 俺は思い切って自分の心情を吐露した。 「俺、佐波氏が好きなんだ。」 「それは大変だ。ライバルがたくさんいるよ。 ナースにもファンは多いし。  それに先生はノンケだよ。素敵な奥さんがいるよ。」 「知ってる。君たちはいいね。 ゲイだって問題はなかったの?」 「僕たち、お互いが初めてだったから二人で勉強したんだ。」  こうやって二人で愛を育てていくんだろう。 俺が望んでも手に入らないものだった。  穏やかな愛のある暮らし。好きな人と一緒になりたいだけなのに。  その頃の俺は、まだ希望を持っていたと思う。 佐波氏に会いにいく。研究室の彼の邪魔になるのにやめられない。 「貴也君、何か元気がないようだ。 僕にはわかるよ、僕を好きになったんだね。」  普通ならムカつく言い草だが、佐波氏が言うと何か救済されるような喜びが湧いてくる。 「キミは父親が欲しいんだろう。 エディプス・コンプレックスって知ってるかい?」  フロイトに父性を感じていたユングの話をされた。絶対的な権威を持つフロイトの精神分析学。  向き合って自発的に話すのを促すユングの心理学。  「貴也君は僕に父性を見ているの?」 俺は愕然とした。

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