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第17話 父性
いつも佐波氏の語る言葉を頭に刻んでおこう。
少しでも対等に近づけるように本を読み直した。
「ユングがフロイトと袂を分つのは、フロイトの精神分析学が権威的になりすぎたからだ。
絶対権力者に父性を見出す。それが自分の考えと乖離し始めた。
自分の頭で考え始めたのだろう。」
「俺も先生に父親を見ているというのですか?」
「そうだね。でもキミの中でいつか父親は権威を失う。キミが成長するからね。」
「失ったりしません。先生は権威的ではないし。」
「僕を美化しないで。
僕は弱い人間なんだよ。」
「人間は弱い存在です。
奥さんを愛しているのですか?」
少し、間があった。そんな事に縋りつきたい。
その一瞬の間に俺の入る余地はないのか。
「愛とは何だ?
日常に埋もれてしまうものだろう。
時の流れは残酷だ。人は飽きるものだから。」
(どういう意味だろう。
奥さんに飽きているというのか?
そんなわけ、ないな。)
こうして俺の恋は終わった。初恋だった。
俺は、もうたくさん!と叫びたかった。
学問から遠ざかりたかった。
大学を辞めた。一人暮らしの拠点を九十九里にした。海のそばが良かった。
空き家だらけの限界集落のような海辺の町。
セルフのガソリンスタンドに勤めてもう、三年になる。
『バー トリスタン・ツァラ』のマスターと関係を持ってからも同じくらいだ。
爛れたゲイセックスも倦怠ムーブだ。
(長すぎたな。どこかに行きたい。
ここより他の場所。)
孤独な人生にも慣れた。俺には何もない。
あれほど好きだった佐波氏にはとうとう抱いてもらえなかった。
マンネリズムもいいだろう。彼は心理学と結婚したのだ。嫁はパズルのピースみたいに生活にピタリとハマっているのだろう。
「所詮学者だ。安定思考なんだ。」
今夜は夜勤、12時まであと1時間。
ミラ・イースが入ってきた。運転席から顔を出したのはあの「若」だった。
「会いたくて、来ちゃった。」
変なガキだ。
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