18 / 179
第18話 ミラ・イース
俺は30才になった。セルフスタンドの仕事をダラダラ続けている。不規則なシフトにも慣れた。
接客も必要ない。それが続く理由だ。滅多に特定の客を覚えることもない。わざわざ俺に話しかけてくる人もいない。みんな忙しくガソリンを満タンにして去って行く。
ミラ・イースはパンクした事で覚えていた。
今夜は遅番であと1時間。12時には上がれる。帰って寝るだけだ。明日の夜は泊まりで終夜勤務。
これから24時間あるから十分眠れる。
「若」が奥のモニター室に顔を出した。
「こんにちは。こんばんは、だっけ?
僕の事覚えてる?」
「パンク野郎だろ。なんかの時代劇かぶれか?」
「ああ、この前うちの若いもんが、若、とか呼んだね。みっともない。恥ずかしいよ。
時代錯誤なんだ、僕の親父。」
「俺に何か、用か?」
「うん、ちょっとね。」
家に送る、というのでミラに乗り込んだ。
今夜はあのバーに行こうか、と思っていた所だ。
歩くつもりだったが、初めての車に乗った。
「運転、上手くなったな。
もう怖くないだろ。」
「ううん、今でも怖いよ。
怖いけど、練習しなくちゃ。」
「おまえ、何やってる人?
夜中にドライブって普通じゃないだろ。」
「うん、僕、年の離れた兄貴がいるんだ。兄貴から頼まれて結構前からあんたの事、見てた。
プロの探偵に頼んで、探ってたっていうか。」
全く心当たりがない。この3年、波風もたたず、平穏な日々だと思っていた。
あのマスターとの爛れた関係も、続けば慣れてマンネリ化している。
浮気もしないで、時々抜きに行くだけだ。
面倒な世界に身を置いているわけじゃない。
ゲイだというのも、当たり前の日常に埋没して行く。
「どこかに寄るのか?」
「僕のうちに来て欲しいんだ。」
(あのバーに連れて行こうと思ったのに。
ゲイのお兄さんに襲われてみろ、って気分だったのに、な。)
車に二人きりってのも、ずいぶん無防備だ。
しばらく走って古くさいお屋敷に着いた。
周りに防犯カメラが林立している。
「おまえ、ヤクザかなんか?
いかにも、な家だな。」
「うん、ごめん。
うちの親父が連れて来いって言うから。
騙したわけじゃないよ。
おにいさん、知らない人の車に、簡単に乗ってはダメだよ。」
(俺は拉致られたのか?)
ともだちにシェアしよう!

