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第18話 ミラ・イース

 俺は30才になった。セルフスタンドの仕事をダラダラ続けている。不規則なシフトにも慣れた。  接客も必要ない。それが続く理由だ。滅多に特定の客を覚えることもない。わざわざ俺に話しかけてくる人もいない。みんな忙しくガソリンを満タンにして去って行く。  ミラ・イースはパンクした事で覚えていた。 今夜は遅番であと1時間。12時には上がれる。帰って寝るだけだ。明日の夜は泊まりで終夜勤務。  これから24時間あるから十分眠れる。 「若」が奥のモニター室に顔を出した。 「こんにちは。こんばんは、だっけ? 僕の事覚えてる?」 「パンク野郎だろ。なんかの時代劇かぶれか?」 「ああ、この前うちの若いもんが、若、とか呼んだね。みっともない。恥ずかしいよ。  時代錯誤なんだ、僕の親父。」 「俺に何か、用か?」 「うん、ちょっとね。」  家に送る、というのでミラに乗り込んだ。 今夜はあのバーに行こうか、と思っていた所だ。  歩くつもりだったが、初めての車に乗った。 「運転、上手くなったな。 もう怖くないだろ。」 「ううん、今でも怖いよ。 怖いけど、練習しなくちゃ。」 「おまえ、何やってる人? 夜中にドライブって普通じゃないだろ。」 「うん、僕、年の離れた兄貴がいるんだ。兄貴から頼まれて結構前からあんたの事、見てた。  プロの探偵に頼んで、探ってたっていうか。」 全く心当たりがない。この3年、波風もたたず、平穏な日々だと思っていた。  あのマスターとの爛れた関係も、続けば慣れてマンネリ化している。  浮気もしないで、時々抜きに行くだけだ。 面倒な世界に身を置いているわけじゃない。  ゲイだというのも、当たり前の日常に埋没して行く。 「どこかに寄るのか?」 「僕のうちに来て欲しいんだ。」 (あのバーに連れて行こうと思ったのに。 ゲイのお兄さんに襲われてみろ、って気分だったのに、な。)  車に二人きりってのも、ずいぶん無防備だ。 しばらく走って古くさいお屋敷に着いた。 周りに防犯カメラが林立している。 「おまえ、ヤクザかなんか? いかにも、な家だな。」 「うん、ごめん。 うちの親父が連れて来いって言うから。 騙したわけじゃないよ。 おにいさん、知らない人の車に、簡単に乗ってはダメだよ。」 (俺は拉致られたのか?)

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