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第21話 三年間
俺は、失恋の辛さと自分の性癖に押し潰されそうになって大学も辞めた。
そして何もかも諦めた頃。九十九里の海を見に来て、ここに住みたい、と思った。
部屋を見つけて落ち着こうとしていた。
その頃、佐波氏の生活は驚くべき変化をとげていたらしい。
まず、あの可愛い奥さんと別れたと言う。離婚していたのだ。
そして学問の世界からも、自ら遠ざかった、という。あの研究室を閉鎖した。
大学病院の精神科医の仕事は、惜しまれて非常勤という扱いになって、まだ、ドクターの籍はあるらしい。
虎ニには打ち明けてくれたという。
「虎ニと佐波氏は兄弟仲はいいの?」
「うん、僕が18才になったとき、会いに来てくれた。それまで勘当の身だったから家に寄りつかなかったけど、やっと話が出来るって、大人になったって喜んでくれた。」
その後、佐波氏はずっと貴也の事をさがしていたのだという。
「なんで?」
俺はあの時拒絶された。確かに拒否されたのだ。
「兄貴は貴也に会いたがってるよ。」
「そんな事、あるわけない。」
「会ってみなよ。僕がセッティングしてあげる。」
「朝になったら帰るよ。送ってくれ。
明日は泊まりの終夜勤務だから、少し眠らないと。 もう話はいいよ。」
「ああ、奥の部屋に夜具が用意されてるよ。
風呂も沸いてるから。」
食べ終わったらそういう事になった。
「わあ、魚の食べ方上手だね。
金目が骨だけになってる。標本みたい。」
俺は腑に落ちない。なぜ佐波氏は離婚したのか?
他人の俺の知る所じゃないな。じゃあ、何で弟に俺を見張らせたんだ? ちょっと気持ち悪い。
次の朝、虎ニが手紙を持って来た。白い封筒に俺の名前が書いてある。
野田貴也様。佐波氏の字だ。筆圧の強い万年筆のサイン。パソコンで文章を打ち終えるとプリントアウトして愛用のモンブランで達筆なサインをしていた。
寝室に案内された。綺麗なシルクの緞子の布団。畳の匂いが爽やかだ。
布団の端に座ってドキドキしながら手紙の封を切った。
「前略。貴也、君に会いたい。
多分私は狂っている。 佐波龍一」
虎ニはいつからこの手紙を持ち歩いていたのか、端がよれている封筒を胸に抱いた。
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