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第24話 思い込み
じっくり話を聞こうと思った。
佐波氏ともあろう人がそんな低次元の枠にとらわれているわけがない。
みんなが買い被っていた。
「貴也君に会いたかった。
同性愛的なことではないよ。
あの頃のキミの葛藤が眩しかった。
戻りたいと思った。
若い頃のキミのような悩み多き時代に。」
そうして突発的に妻と離婚したのだそうだ。
「なぜ?もう愛していないの?」
妻は泣いて縋ったそうだ。
「理由がわからない。親になんて言えばいいの?」
可哀想だな、と思ったという。
客観的に見て可哀想な事をした、と。
俺は信じられないものを見るような気がして、先生を見た。
「俺なんか何の役にも立ちませんよ。
この急展開に気持ちがついていかない。」
取り敢えず、一脚しかない椅子を薦めて、珈琲を淹れた。
狭い部屋で、俺はベッドに腰かけた。
「先生、初めからゆっくりお話しましょう。
一体どうしたんですか?」
(この人は客観的に人間の頭を覗いて、掻き回すのが好きなんだ。)
何もかもわかっていて、こう言えば人は、喜ぶ。こう言えば人は、悲しむ。こう言えば人は、納得する。そしてこう言えば人は、壊れる。
全部わかったような気がしているのだろう。
「先生はご自分を分析しないのですか?」
「いや、もうやり過ぎるくらいやったよ。
自分を壊す一歩手前まで。」
「精神分析って人の心を弄ぶ事なんですね。」
「ああ、いいなぁ。キミの若さが眩しい。
そうやって言葉をぶつけてくる者も、今では少ないのだよ。」
「精神分析の大御所だから、みんな警戒しているんですよ。」
先生は生意気な俺を嬉しそうに見ている。
「ああ、久しぶりだ。
こんな風にぶつかってくれる人と話すのは。」
「先生は寂しいんですね。」
「どうかね、キミ、私と旅に出ないか?」
「どこへ行くんです?」
「ああ、キミと二人だけになれる所ならどこでもいいよ。」
今日の先生は思いつきだけでしゃべっているようだ。
双極性障害の典型のように見える。
俺は医学部でもないし、専門家でもないが、先生を一人にしておけない、と感じた。
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