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第25話 二人だけ
まるでハネムーンのように俺たちは旅に出た。
鄙びた温泉を選んだ。
男二人でも違和感なく、先入観の無い、田舎の温泉宿。湯治場と言うべきか。
夏油温泉に行った。岩手県。今はスキー場も出来てそんなに田舎ではない。
元湯という所を選んだ。先生は昔、来た事があるそうだ。
山道をあの古いジムニーで登って行く。
途中、落石で山道が塞がれていた。車を降りて2人でやっと脇に寄せた。先生は、笑っていた。
久しぶりに見る先生の屈託のない笑顔。
険しい山道をやっとの思いでたどり着いたら、スキー場の入り口に大きなリゾートホテルが建っていた。
「前はこんな建物、無かったんだよ。
つげ義春の世界だったのに。」
反対側は立派な道路があってスキー客用の大型観光バスが停められるようになっていた。あんな山道を来る必要はなかった。
シャトルバスも出ているようだ。今はシーズンオフでスキー客はいないので静かだ。
俺たちは物好きにも、湯治客用の元湯の自炊館を選んだ。身体を治す目的で長逗留する人の宿だ。老人が多い。生活感が漂う。
来る途中で食料を色々買い込んで来た。
薄い襖で隔てられただけの客室。廊下は通路を兼ねて各部屋とも繋がっている。
廊下には破れ障子が嵌っている。真冬は寒いだろう。
寝具は貸し出しで布団が一枚三百円ほどだ。
「これが、湯治場っていう所なんだね。
先生は来た事があるの?」
「ああ、昔、苦学生の頃、オンボロのジムニーで来たんだ。今のより前の車。
懐かしいよ。ここは温泉がいいんだよ。
混浴だけどお年寄りばかりで、ジロジロ見られて冷やかされた。」
確かに顔も身体も綺麗な先生は、注目の的だっただろう。
「ここは、あまりプライバシーがなくてごめんよ。ハネムーンのようではないね。
ロマンチックじゃない。貴也と過ごす初めての夜なのに、ね。」
「俺たち、夫婦でもないのに。
初めからそんな気はないですから。」
ニ階の部屋を教えられた。擦り切れて赤茶けた畳の部屋。でも何か郷愁を誘う。
襖一枚で隔てられた隣は空き部屋のようだ。
一階に自炊する共同炊事場がある。食器は貸し出しだ。部屋に小さな冷蔵庫があった。
テレビもない。パソコンもない。スマホは圏外でワイハイもない。
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