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第40話 ダダイスト

『バー トリスタン・ツァラ』 ドアを開けて入って行った。相変わらず客はいない。マスターはどうやって暮らしているのか。  謎だ。貧しそうには見えない。 「マスターはダダイストなのか?」 開口一番、そんなセリフが龍一の口から出た。 「いらっしゃい。貴也久しぶりだね。 いい男になった。」 顔を上げてマスターの龍一を見る目が大きくなった。 「これは、三水会佐波一家の四代目。」  貴也は不思議な気がした。知り合いなのか? 「ご無沙汰だったね、高梨千尋君。」  マスターのフルネームを龍一が知っている? 「私の嫁をずいぶん調教してくれたらしいね。」 「そんな。貴也と四代目が関係あるのか?」 ガンッ!カウンターを蹴る音がした。 「龍一、酷い事しないで。」 二人はニッコリわらって握手した。 「貴也、この人は私の昔のセフレだ。 ふふっ。あんな事やこんな事、色々したよな。」 「嘘。」 「もう過ぎた事だろ。 四代目、組長は知ってるのか?貴也の事。」 「ああ、殺されかかった。」 「三代目組長は、ホモ嫌いだからな。 キングオブホモ嫌い!命があるだけ儲け物だ。」  なんだか俺の知らない事がたくさんありそうだ。 「何か、ウヰスキーをくれ。 強い酒が飲みたい。」  カウンターにシングルモルトの瓶が置かれた。 「龍一の好きなボウモアだよ。12年。 どうやって飲む?」 「ストレートで。 冷えた炭酸をチェイサーにして。」 「貴也はどうする?」 「俺も同じものを。」 「こいつはロックで。千尋の削った丸氷で。」  アイスピックで八つに割った貫目氷を削って丸くしていく。  大きめのロックグラスにゴロンと入った氷の上からシングルモルトを注ぐ。 「俺も炭酸ください。チェイサーに。」 「千尋も飲めよ。」 「ああ、じゃあ、ボウモアをトワイスアップで。」  三人で乾杯した。 (何がめでたい? 乾杯なんかして。) 俺はだんだん腹が立って来た。

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