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第42話 マスター

 意外だった。龍一とマスターが古い付き合いだったなんて。 「昔、スジモンにゲソ入れてたんだよ。」  マスターはガキの頃、突っ張って喧嘩ばかりしていたと言う。 「どこにでもいるクソガキで、そのうち前科者になる道しか無いだろうってな。」 「こいつは人を殴るとスイッチが入っちまう。 地元では有名だった。」 龍一は中学まで地元で、マスターと同級生だった。 「千尋は、喧嘩上等って刺繍の入った特服(特攻服とっぷく)着てたな。今思うとダサい。」 「そうそう。龍一はボンタンにミニランでナンパ背負ってたけど、女には手を出さなかった。  イケ、だが硬派だと思われていた。」 その人並外れたイケメンと人並外れた喧嘩っ早さで、両巨頭、なんて言われてた。  女の子にはファンが多かった。二人揃えば怖いもの無し。  だって片方は本物ヤクザの息子なのだ。そして狂犬と恐れられるマスター。  龍一は高校生になって喧嘩は卒業だ、と宣言した。大学に行こうとしていた。  マスターは中卒でヤクザにゲソ入れた。組長の大門は 「おまえも高校,大学に行け。」 と言ってくれたが固辞した。 「自分みたいなもんは机の前で勉強っていうより、早くから社会勉強したいっス。」 地道に部屋住みから始めた。息のかかったクラブで黒服なんかやりながらバーテンダーの勉強を始めた。 「バーテンダーになってからはずいぶんおとなしくなったよな。」  真面目に組の仕事をしている千尋に、店を持たないか?と組長が言った。 「親父、俺はまだ若輩だ。 ウヰスキーの修業をさせてくれ。」 実の父のように慕う大門組長に、一世一代のわがままを言った。 「スコットランドでウヰスキーを一から学びたい。」 という事でイギリスに旅立った。 「ヤクザと言っても面白い経歴はあった方がいい。」  跡取り、四代目の龍一は、反対を押し切って医学の道へ。千尋はウヰスキー修業でイギリスへ。  二人の道はここで完全に別れた。  ヤクザと言っても人だ。人に惚れるのがヤクザだ。男心に男が惚れる。盃をもらったら親だ。  今時流行らない任侠ヤクザの生き残り、それが佐波一家だった。

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