43 / 179

第43話 龍一と千尋

 龍一はヤクザが心底嫌だった。 千尋がヤクザの道を何の疑いもなく進んで行くのが嫌だった。  スコットランドに行ったのは喜ばしい事だった。 「龍一は高校の頃から硬派だったよな。 女には興味ないってのがカッコよかった。」 「マスターはその頃はノンケだったの?」 マスターは苦い顔をした。 「俺はずっと龍一が好きだったよ。 だから組にゲソ入れたんだ。そばにいられると思ってさ。」  龍一は意外そうな顔をした。 「殴り合いが好きなんじゃなかったのか。」 「それなら格闘家になったよ。ボクサーとか。」 「やればよかったな。おまえとセックス。」 あの頃はお互いに両片思いだったわけだ。 「ヤクザの道に引き摺り込んだ、と千尋の母ちゃんには恨まれたな。」 「ああ、ウチは母子家庭で母ちゃん苦労してたから。俺がヤクザになったのは、自分が風俗やってたからか、と泣いたよ。  ずっとソープ嬢だった。」 「おふくろさん、元気か?」 「ああ、再婚して今は箱根のサ高住に住んでるよ。全くのカタギだ。」 「サ高住って?」 「サービス付き高齢者向け住宅。 組長が金出してくれて、再婚した親父と二人で入ってるよ。」 「いいなぁ、それ。」 「貴也も私と入るかい?」 「男二人でも夫婦として入れるのかな?」 「これから需要が増えるだろう。」 「進んでるね、俺たち。」 「千尋は相手いないのか?」 「おまえに取られた。」 「貴也の事なら返さないよ。」 「周りにゲイが多い気がする。」 「虎ニまでゲイだし、な。」 「日本は滅びるんじゃね?」 「龍一は学問から離れられるのか? もっと研究したいのじゃなかったか?」 「ああ、ユングのこだわる夢には興味があるよ。 彼はゲイをどう思ったかなぁ。」 「グノーシス主義に傾倒して、頭硬そうだよね。 ゲイは異端、なんでしょ。火炙りになるよ。」 「それは昔の話だ。しかし、人類はまだ、そこまで到達していないのか。」 「千尋は姉ちゃんいなかったっけ。」  思い出したように龍一が言った。 「ああ、至ってノーマルな姉貴がいるよ。」  箱根に住んでいるそうだ。親の近くで見守ってくれている。 「子供もいるよ。」 「旦那は?」 「役所の公務員。」 「ノーマルだ。」

ともだちにシェアしよう!