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第44話 逃げて来た女
「どうして会ってはくれないの?」
会えた時には
「こうして会えると悲しくなる。
また、サヨナラしなくちゃならないから。」
恋人は可愛い事を言う。
「好きだから。あなた一人が好きだから。」
初めての恋人。千尋は覚えている。ずっと心の中で思っていたのは龍一だ。それを忘れようと恋人を作った。もう部屋住みになっていた。
風俗の女。彼女に母親を見ていた。母は真面目な女だった。
いつも一生懸命に千尋と姉を育ててくれた。
ちょっと常識の無い女だった。
運動会でみんなが弁当を囲んでいる時、ピザの出前を取ってしまう。学校中の顰蹙(ひんしゅく)を買う。学歴もない。でも心根の綺麗な女。
「俺はいつも気がつくと母親を求めていたのか。
付き合う女の子に過剰な期待をしてしまう。
女に夢を見てしまう。」
彼女は身体を売る仕事だった。
全身全霊で愛してくれているのはわかっていた。
けれど許せなかった。
「辞めろよ。仕事辞めろ。」
女を殴った。彼女はなぜ辞めないのか、理解出来なかった。他の男に抱かれる仕事?
「金か?」
部屋住みの身で金などなかった。
「借金があるのよ。
親と一緒に秋田から逃げて来たの。
父ちゃんの借金がある。」
両親と弟と夜逃げして来たと言う。
「家の隣の原っぱに捨てられたコンテナがあって、そこに持っていけない荷物を詰め込んだの。
錆びついたコンテナの中に、使ってた食器や、教科書、ランドセルも。買ったばかりのナイキのスノーブーツ。弟の大事にしてたサッカーボール。
全部その中に突っ込んだ。」
「母ちゃん、いつ取りに来れる?」
「なんもなんも。大丈夫だ。
きっと父ちゃんが帰れるようにしてける。」
父親のパチンコの借金で夜逃げして東京に来たと言う。
千尋はその話を聞いたとたん、同情してしまった。自分の母が苦労して千尋を育ててくれた事と、被った。
「いつか、あのコンテナに荷物を取りに行ける、と信じてる。買ったばかりのスノーブーツは、東京では使わないけど、弟のサッカーボールは取りに行きたい。」
千尋は隠れて大麻を高校生に売った。知り合いのインド人から手に入れた。
その金でサッカーボールを買ってやった。
組にはバレなかったようだ。でも、マトリ(麻薬取り締まり捜査員)のデカが千尋に付きまとうようになった。
「よう、兄ちゃん。
草、どこから持って来た?
高校生に流行らせてどうすんだよ。
組ではご法度だろ?」
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