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第46話 諧謔
千尋の思い出は一笑に付す価値もない。
龍一が、セフレだと言ったことに抗議した。
「それで千尋は私とセックスしたかったのか?」
頭の中は謎でいっぱいだ。千尋は龍一に会いに来た。龍一との初めての夜。覚悟の時。
「私はあの時、人生でただ一度、「受け」になったんだよ。」
「マスターに入れられちゃったんだね?」
龍一が柄にも無く赤くなっている。
「千尋は節子の体に抵抗したんだ。
だから私は男を教え込んだ。何度も絶頂に導いてあげたよ。イキッぱなしにしたんだ。」
その頃、まだ若造の龍一にそんなテクニックがあった、とも思えないが。ドクター恐るべし。
その後、節子の父親は、組にバラす、と脅かして来た。
節子も一枚噛んでいた。したたかな女。後足でで砂をかける。
「千尋は守ろうとしたんでしょ。酷いね。」
ヤクザ同士の抗争に発展する案件だ。
「最初はただの男と女、だったんだよ。」
「秋田から逃げて来た,って言うところから
ヤバい匂いがぷんぷんするよ。」
大門組長の知る所となった。
「千尋、女とは切れたのか?」
「ええ、まあ。」
ドカッと思い切り蹴られた。若頭の柳生だった。
「東北M会の合田一家から問い合わせが来てんだよ。」
今時は、パソコンにメールだ。
「向こうの若いもんの不始末、落とし前の付け方の問い合わせだ。」
「手打ちにしたい、と言っている。
本家の山辰組も東北とは事を構えるな、と言って来てる。ここはどうケジメを付けさせるか、だ。」
事は大きくなっている。半端者の節子の父親を差し出せばいいのか。
父親の行く末は決まっている。命は無いだろう。節子の母親が被害者というだけでは無い。
千尋に御法度の大麻を扱わせ、それ以前に東北秋田で借金を踏み倒し夜逃げして来た体たらく。
その男は見せしめに晒す必要がある。
節子は秋田でもその道の有名人だから、愛人にしたい極道がいる。幹部だ。
言うことを聞かなければ、身体のどこかを弾いて障害を負わせる。そして捨てられる。2度と上がって来られない所に。
大門組長に聞かれた。
「千尋、惚れてんのか?」
ここで惚れていない、と真実を言えば彼女は助からない。それでも龍一の前で嘘は言えなかった。龍一と結ばれたあの夜が忘れられなかった。
「俺は他に惚れた人がいます。
でも、あの女を助けてやって欲しい。」
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