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第51話 拗らせた奴
「龍一は何で精神科の医者になろうと思ったの?」
貴也の質問に、困ったような顔をして龍一は話し始めた。
「医者になりたいとは思わなかった。
研究者になろうとしたんだ、はじめは、ね。」
フロイトの精神分析に影響を受けたと言う。そのうち、夢を何でも意味づけするのが龍一にはピンと来なくなった。こじつけに感じられた。
「青臭い頭デッカチな学生だったからね。
ユングの分析の方が心に響いたんだよ。
それでも、どうしても共感出来ない部分があった。それは彼らの宗教と関係あるんだと思う。
我々はやはり仏陀に影響を少なからず受けている。グノーシス派は理解出来ない部分がある。
常に神を意識して生きる、なんて事はないからね。善悪の基準としてではなく形而上の事だ。
神の概念をその思想のベースに置くアリストテレスの形而上学は、日本人の私には異質なものだった。
日本人は仏教の影響もあるが神道の影響もある。見えないものを感じ取るのは当たり前の事だろう。
子供が暗闇を怖がるのは、人間の存在のもっと深い所に根差す原初的な体験を通してものを見ているから。
そして私は未だに暗闇を怖がる子供だ。
見えないものに目を凝らし探る。」
龍一が学者の顔をした。いや、求道者の顔か?
「貴也はなんで哲学科を選んだんだ?」
「ここで論陣を張ってもいいけど、ま、単に青臭いガキだったからだよ。
痛みの本質を知っているのは、殴り合う快感を知るマスターみたいな人だろう。
部外者は誰も本質に近づけない。
神っていうツールを使うと簡単なんだな、って思うよ。」
「貴也のテーマは痛み、だな。」
「そう、痛み。精神的なそれ、と肉体的なそれ。」
(俺は拗らせて来た。痛みはいつも快感と紙一重の所にある。)
「ゲイのセックスは痛みと似ているかい?」
「普通のセックスだって痛みと似ているよ、きっと。」
「貴也は子供の時に、何か痛みを伴うトラウマが出来たのじゃないか?」
「ドクター佐波、分析するのはやめて。」
首に抱きついて会話をキスで止めた。思い出したくない事が噴き出してくる。
恐ろしい深淵からこちらを覗く目、があるのだ。それはツラいというより何故かむず痒い思い出に繋がる。キチンとしたストーリーがあるわけではない。
(仏教の「元本の無明」というのだ、とばあちゃんが言ってた。)
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