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第55話 自立
大学に入って一人暮らしをした。以前の私塾のような、監視も強制も無い。俺は自由だ。
四谷のアパート。三丁目の本屋でアルバイトした。坂の下、若葉町の神社が経営しているアパート。シャワーが付いているだけの古びたアパート。向かいの部屋には、ノイローゼ気味の司法修習生が住んでいた。時々、窓を開けて叫ぶ。
風の音にも怒鳴る。怒鳴り声に、必ず2階の水商売の女の人が反応する。
「うるせーんだよ。黙れ!」
「ただの風の音だよ。
おまえの声のがよっぽどウルセェ!」
「黙れ女!また、男連れ込んでんだろ、
この売女!」
最初は驚いたが、慣れてくるとこの人たちの気晴らしのようだ、とわかった。
概ね平和な学生生活が続いた。俺が女性を受け付けない、とわかるまでは。
そしてガールフレンドとのあの出来事がある。女性がダメだ、と自覚したあの日。
いつもデートは海を見に行った。海岸を二人で歩く。俺の精一杯のロマンス。
そしてあの変人サークルにたどり着いた。彼らが尊敬の目を向ける准教授の佐波氏。
今ではかけがえの無い恋人、龍一。
もしも、龍一に話したら、興味を持ちそうな人間ばかりだ。俺の父親。妹。担当の教師。アパートの住人。興味深い症例。
世の中は気の触れた人ばかりだ。
俺は気付いた。妹は病んでいるのだろう。それに気付かないのは俺の両親。いや気付かないふりをしているだけだ。彼らも病んでいる。
学校という括りの中で、病んでいないものは稀有な存在か。
隣で眠る龍一を触る。少し伸びた髭が痛い。
「ふふ、俺の龍一は、生きてる。
髭が生きる事を主張してる。」
頬を撫でる指を噛まれた。
「あっ!」
「貴也はいたずらだな。」
腕の中にすっぽりと抱き込まれた。
「長い夢を見ていた。
龍一に話したら面白がるかな?」
妹がいる事を話したら興味を持ったらしい。
会わせろ、という。
「もし、妹と会ったら、きっと傷つくよ。
出会う者をみんな傷つける娘だよ。
怪物だ。」
「ますます興味をひかれるねぇ。
貴也が家族のことを話すのも初めてだ。」
親にも挨拶したい、とか言ってる。ヤバイヤバイ、あんな奴らに会わせたくはない。
「ヤクザの、龍一の親よりウチの親の方がめんどくさいよ。会わない方がいい。」
「嫁にもらいに行かなくちゃ、な。」
とんでもない事を言い出した。
「妹は俺のものを何でも欲しがるんだ。
龍一を取られる。」
「ははは、面白い。」
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