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第69話 国は違っても

 幼い頃から、家の手伝いをする李(リー)という女の人がいた。  龍一の母は、父の大門が追い出したから,龍一の母代わりだった。  子供の頃は、母が恋しいと泣き叫んだ事もあった。泣くと、大門の鉄拳制裁がある。顔の形が変わるほど殴られた。 「親父は勝手だ、母さんの所に行きたい。」  母の不倫が原因だった。大門の怒りは、事あるごとに龍一にまで及んだ。  ヤクザのバシタ(女房)に手を出した男は、姿を消した。その後、組み内では誰も話題にしなかった。男はもう生きてはいないだろう。ヤクザのやり方だ。  母は追い出されるだけで済んで良かったのかもしれない。大門の未練が母の命を救った。  江戸時代なら二つに重ねてぶった斬ったというから。 不倫は死罪、だった。  龍一はほとんど李に育てられたようなものだった。寂しがって泣く幼い龍一を、優しく抱いて中国の子守唄を歌ってくれた。  大門が香港の賭場で見つけて娼家から見受けして連れて来た、という。李はずいぶん長い間、隆一の世話をしてくれた。  家の事情で娼婦に落ちた李だったが、心根の美しい女だった。その生真面目さに、大門は妾にする事をやめた。隆一の身の回りの世話をしてくれた。龍一が懐かしそうに 「私は中国人、というと優しかった李を思い出す。今はもう年取って中国から兄弟を呼び寄せて暮らしているよ。」 「龍一のそんな話、初めて聞いた。」 「母親の消息はわからなくても、母さん、というと真っ先に思い出すのは李なんだ。」 「お爺さんの息子の話を聞いて、中国人は嫌な悪い奴だと、思ったけど、龍一の大切な人も中国人だったんだね。」  龍一は頭を撫でてくれた。 「当たり前のことだよ。国が違っても色んな人がいる。人間はすぐに徒党を組んで、仮想敵をつくる。そしてその相手を徹底的に憎む事で自分を正当化しようとする。  子供のいじめの構造がそうだろう。」 「ああ、あのとしちゃんだ。 勇気、を使って弱いものいじめをした。」  「少し、性への好奇心があってエロチックな行為になってたね。  誰か,スケープゴート(生贄羊)を作って、あいつは悪い奴だからいじめてもいいんだ、って先導するようなものだ。  サピエンスの性(サガ)だな。」  龍一が学者の顔をして話してくれる。 「龍一、今の顔、惚れ直す。」 「何言ってるんだよ。論点がズレてるな。」 龍一に抱きついてキスしてあげた。 龍一の寂しさが垣間見えた気がする。 (なんかこういう龍一は新鮮だな。) 大きい手で抱き締められた。

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