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第70話 アルバイト

 貴也は、古民家を諦め,アルバイトをする事にした。実戦を学ぼうと思った。  近所のカフェで働く事にした。まだ、あのヤクザのお屋敷に世話になっている。都内の龍一のマンションはそのままで、ここに来た。マンションは龍一の書斎のようなものだ。  貴也は経験も、資金もないのにカフェをやりたいなどと口走った事を反省した。 「この家は嫌だろ。 どこかマンションでも探すか?」 「全部組長に頼るのは嫌だから、俺、働きたい。」  それで少し賑やかな町中に住まいを探したが、 「ここから通え。」 大門に叱られて、そのまま住んでいる。ヤクザの家からアルバイトに通う羽目になった。  資金を出す者に逆らえないのが、不本意だ。 働くカフェはすぐに見つかった。どこも人手不足だ。龍一は渋い顔をしたが、わがままを通した。 『暖家』(ダンケ)という名の店。  経営者のマスターと奥さん、若い店員が二人、働いていた。  店員の一人は寡黙な男。30才の貴也より少し若そうだ。 「とおる君、新人の野田貴也君だ。」 もう一人、女の人は元気な人妻。小さい子供がいるらしい。 「私はサイコ。彩子って書くんだけど、 学生の頃からみんなにサイコって呼ばれてた。 別にサイコパスではないと思うけど。」  メモ用紙に漢字を書いて説明してくれた。サイコ、面白い。  マスターは40代か。龍一と同じ年頃か? 奥さんもそうだろう。 「経験ないんで、一から教えてください。 よろしくお願いします。」  とおるに舌打ちされた。 「あーあ、即戦力が必要なのに、 一から教わろうなんて図々しいな。」  かなり辛口な初対面だった。  生まれて初めてカフェで働く。接客なんか出来るのか。 「貴也は、珈琲、淹れられる?」 業務用の直径のでかいドリッパーの使い方を教わった。小さい穴がたくさん開いている大きなドリッパーに豆を挽いてセットしたらいきなり熱湯を注ぐという。  丁寧に一杯づつ淹れてる暇はないそうだ。思ったのと違う。 『暖家』は意外と客が入る。いつも混雑している。初日はあっという間に終わった。  夜、10時。朝からずっとなのはキツい。足が痛い。座っている暇はなかった。  休憩もあるが、ゆっくりとは取れない。次々にお客さんが入ってくる。30席の店はフル回転だった。 「どうだい、続けられそうかい?」 帰り際にマスターに聞かれた。 「まあ、何とか。」  帰り道、とおると一緒になった。 「ああ、お疲れ。とおるは学生さん?」 「いきなり呼び捨てかよ。 違いますよ。俺、もう25ですよ。」 「俺より5才も年下だ。」 「はあ、そうですか。マウント取ってます?」 ずいぶん喧嘩越しな奴だ。気が重くなった。 「喧嘩、売ってないよ。俺、人と喧嘩してる暇無いから。」  とおるは店の裏に停めてあった自転車に飛び乗り、帰って行った。挨拶は、無し、だ。 「感じ悪いなぁ。俺、続くかなぁ。」 一抹の不安を感じていた。

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