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第71話 カフェ
カフェがやりたいと思っていたわけではない。何となく、流行っているから。珈琲が好きだから。龍一がほうじ茶が好きだから。
何にも長期的展望はなかった。行き当たりばったりだ。自分は何者なんだ?
今更ながらこんな事を考える。
「龍一はブレなかったの?」
「そんな事はないよ。ただ、一貫して親の求める生き方を否定して来た。ガキだな。」
「ねえ、俺って上から目線かな。
マウント取るつもりじゃないのに言われた。」
「貴也って、初めて地上に舞い降りた神の息子、みたいな顔してる。下々の者たちが珍しい、と言ってるみたいな。」
「そんな風に偉そうに見えるの俺?」
龍一には貴也の深層心理が見えるのだろう。学者の目。
「大学も辞めてしまって、就職もしなかった。
不思議な事に父親は経済的に俺を見捨てなかった。あの私塾に軟禁した事の贖罪のつもりかな。
流されてるだけだな、俺。」
ソファに座って龍一は優しく抱いてくれた。
「仕事、合わないのか?」
「ううん、大丈夫。頑張るよ。」
しばらく真面目にカフェで働いた。
人間、慣れるものだ。どんな環境に置かれても、やがて活路を見出す。
「おはようございます。」
「ああ、おはよう。
貴也、遅番と早番で時間を分けるかい?
通しだとキツいだろ。」
「考えた事なかった。前の仕事はずっと一人で、
交代が来るまでみっちり9時間だったから。」
遅番と早番、固定してもいいと言われた。奥さんがカバーするという。
「大変でしょう?オレ臨機応変で何時でもいいですよ。」
遅番は午後3時からラスト10時まで,だった。
早番は9時から午後4時まで。奥さんとサイコさんが主に早番だった。
「子供が小さいんで助かるわ。
保育園の送り迎えがちょうどいいのよ。」
マスター夫妻には子供はいないようだ。俺ととおるはランチの手伝いはない。珈琲の淹れ方にも慣れて来た。
その日、帰る時、とおるを迎えに来ている女の子を見かけた。
(ああ、彼女、いたんだな。)
気にも止めないで帰ろうとした俺を珍しくとおるが呼び止めた。
「貴也、予定ないの。彼女はいないの?」
「あ、直球だな質問が。いないよ。」
(恋人ならいるけど教えてやらないよ。)
龍一を紹介なんか出来ない。
ゲイでヤクザの息子。は、笑える。
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