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第73話 深夜バス
懐かしい感じがした。学生時代、いつも不安だった。俺は自分がゲイだからだ、と思っていた。
生きる事を問う、青臭い葛藤が懐かしい。
結局、とおると恵は、とおるのアパートに仲良く帰って行った。
俺も早く帰って龍一に抱きしめてもらいたいと
思っていた。
帰っても二人のマンションには誰もいなかった。
(ああ、龍一は大学病院の検診の日だ。
患者が待っている。)
一人一人と丁寧に話をする龍一は、いつも時間が足りなくなる。
「帰ってくるのは明日の午後だな。」
書斎になっている東京のマンションに泊まるのだろう。時計を見た。
(まだ東京行きの深夜バスがある。
龍一のマンションに行って驚かせてやろう。)
普段考えない事を考えてしまった。少しお酒が入っていたのが貴也の背中を押した。
バスが東京駅に着いた。もう深夜で終電はない。タクシー乗り場に並ぶ。
ポケットに手を入れてマンションの鍵を確認する。久しぶりの龍一の書斎。
ドアを開けた。人の気配がする。
「えっ?」
「えっ?」
ベッドルームに続く廊下に洋服が点々と落ちている。ジャケット、シャツ、タンクトップ。
多分丸まっているのはTバックの下着。
素っ裸でベッドにいるって事?
「誰と?」
ゆっくりドアを開けた。
「龍一、だれか、お客さん?」
「あっ、貴也。」
薄暗いベッドサイドのランプに浮かぶ二つの影。ローションの瓶が転がっている。ゴムの箱も。
(俺のローションだ。お気に入りのいい匂いのする瓶。)
「誰?隣にいるのは誰?」
裸で抱き合っているのは誰なんだ!
相手は龍一の首に手を回して離さない。
下半身は薄い毛布が掛かっているが、もう臨戦体制なのがわかる。
龍一の大きなモノを独り占めしている、と思ったら、頭が沸騰した。
「酷いよ。龍一。愛してたのに。」
思わず出た言葉は、過去形だった。
毛布を引き上げて掛けてやっている龍一のゴツい指が見えた。俺だけの指。俺だけが触っていい指。
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