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第74話 患者

「貴也、部屋を出てドアを閉めて。 少し待ってて。」  信じられない事を言われた。うなだれて部屋を出る。力なくリビングのソファに座った。おとなしく待っている自分がおかしい。  ソファに脱がせたジーンズが掛かっている。ダメージ加工のカッコいい今時なオーバーサイズらしいジーンズ。  ヤンチャな若者が目に浮かぷ。龍一の目に叶った美形だろう。妄想に気が狂いそうだ。  シャワーの音がする。龍一の相手が使っているのだろう。  龍一はバスローブ姿で入ってきた。 「貴也、どうしたの?」 「勝手に入って来てごめん。お楽しみだったのに。」 「楽しんでないよ。」 「嘘。」  ソファに飛んできて抱きしめられた。 貴也の知らない香水の匂い。 「彼は患者なんだ。死にそうだったんだ。 突き放せなかった。今夜一人にしたら、死ぬって言うんだよ。」 「死なせてあげればよかったね。」 「貴也がそんな事言うなんて。 おまえは、人の生と死を考える学問を選んできたんだろ。」 「何言ってんの?」 「あれ、は患者なんだよ。貴也とは違うんだ。」  シャワーを終えて、貴也のバスローブを羽織って美しい男が入って来た。濡れた髪を、龍一が拭いてやってる。 「先生、誰?」 「私の大切な恋人だよ。」 「いやあー!止めて!そんな事言わないでぇ!」 興奮して叫び始めた。  龍一が診察カバンの中から安定剤らしい注射器を取り出して、男の太ももに突き刺した。 「あああー!」 暴れて注射器が吹っ飛んだが、薬液は入ったようだ。少しおとなしくなった、と思ったら眠ってしまった。龍一がその男を肩に担いでベッドルームに行った。優しく服を着せようとしている。下着を穿かせて後は難しそうだ。 「貴也、貴也、誤解させてしまったね。」 「誤解だって言うの?違うんじゃない?」 「何と言おうと信じてもらえないね。 いいよ、貴也の好きにして。」 「じゃあ、そいつを殺す!」 「貴也が捕まってしまう。許される方法はないのか?」 「許してもらいたいような事をしてたんだね。」 貴也は拳で涙を拭った。  

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