79 / 179

第79話 嫌だ

『暖家』のドアを押して客が入ってきた。 あの詩音と龍一だ。 「いらっしゃいませ。」 マスターの声が止まった。背の高い男が二人。 誰もが凝視する美形だ。 「貴也、会いたかったよ。」 「ああ、いらっしゃいませ。ご注文は?」 テーブルにあるメニューを取って 「ほうじ茶があるよ。和菓子付きだって。」 「詩音はどうする?」  4人掛けのボックス席にわざわざ隣同士で窮屈そうにくっ付いて座る。長い足が邪魔そうだ。 肩にもたれて甘えている。あの詩音が、だ。  常連の女子高生たちが、気付いて騒ぎ始めた。 詩音が龍一の腕に抱きついて頬にキスした。確信犯だ。 「きゃあ、詩音、本物?」 「一緒にいるの、誰?」 「男だよね。恋人?」 女子は遠慮がない。近づいてきて 「詩音でしょ。サインとかいいですか?」 「嫌だよ。今はオフなの。静かにしてよ。 デート中。」  キャアキャア、一層騒がしくなった。 貴也は龍一の席に近づいて 「一体どう言うつもり? 営業妨害するなら警察呼ぶよ。」 「貴也、ごめんよ。詩音がついてきちゃって。」 「貴也っていうの? この前会ったよね。 僕たち裸で抱き合っていたから あんまり覚えてないけど。 もう、龍一は僕のものだからね。」 挑戦的に言う。 「一緒に暮らしてるんだ。 僕は龍一離さないからね。」  今度パリコレにも、一緒に行くんだ、と言っている。  虎ニの話と違う。龍一も貴也に未練があるって言ってたはずだ。 「お客さん、他の人に迷惑ですよ。 お帰りください。」 詩音はムッとして立ち上がった。 「帰ろう。龍一がちょっと覗きたいって言うから来たんだけど、田舎だね。最低。お客がウザい。」  とおるが厨房から塩の壺を抱えて来た。 足元に塩をぶつけている。 「お帰りください。とっとと帰れ!」  龍一が貴也のそばに来て 「貴也、ごめん。会いたかった。 今日は帰るよ。」

ともだちにシェアしよう!