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第82話 モデル

 久しぶりに詩音にモデルの仕事が入った。 病気療養中だ、と事務所は断っていたが、どうしても外せないビッグビジネスだ、と言われた。  イタリアの世界的なブランドのPVだと言う。 ブランドイメージはユニセックス。  男でも女でもない存在。 「デザイナーが相手役に龍一をご所望だ。」 「龍一はモデルなんかやらないよ。 僕だけのものなんだから誰にも見せない。」  業界では詩音がゲイなのはみんな知っている。周知の事実だ。業界人にはゲイが多い。 「私はマスコミに露出しないように生きて来た。 詩音は、自己愛性パーソナリティ障害だね。  美しく生まれすぎたのが、詩音をそんな風にしたんだ。」 「龍一、学者の顔をしてる。萌え、だな。」  詩音のナルシスト的傾向は、ますます詩音を輝かせている。 「龍一は僕を助ける義務があるでしょ。 主治医、なんだから。」  膝に乗って首に抱きつきながらそんな事を言う。 「なるほど、私の患者だ。治療が必要だね。 大きな注射がいいかな。」 キャッキャッと喜んで 「龍一がエロい事言ってる!」 また、キスで時間が止まる。 「悪いお医者さん。僕だけを診察して。」 詩音は並外れた美貌が原因で、自己愛になったのだろう。踏み込みすぎて関係が濃密になったのが今の状態だとわかっている。  本人が自覚するまで、必要以上に介入してはいけない。わかっている。龍一はプロだ。  それがいとも簡単に絡め取られた。魔性。 誰もその魅力に抗えない。 「龍一が一緒にやらないんなら、この仕事、受けない。」  詩音の大出世作になると思われるPVの話だった。事務所を上げて,龍一に頼みにくる。 「佐波先生もすごいハンサムで、デザイナーが是非に、と言っています。  詩音と二人なら最強だと。ちなみにデザイナーは世界的なあのクロード・レイです。  彼は東洋人が好きなんだ。」 「彼はゲイだとカムアウトしてますよね。 詩音が餌食になる。」 「あ、佐波先生はそうじゃないんですか? 詩音がものすごく執着してるらしいけど。」 事務所の社長が、共犯者の顔で龍一を見た。 (ああ、面倒だ。隠し通すのは。) 「私は医学者ですよ。詩音は患者です。 ま、モデルなんて私には無理だね。 きっぱりお断りしますよ。」 社長は肩を落とした。大きな仕事だった。

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