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第84話 帰還
龍一が帰って来た。貴也には、他人の男が座っているだけだ、と思える。
「何か、言う事はないの?」
「ああ、カフェの仕事はどう?」
「それ本当に聞きたい事?」
「厳しいなぁ。怒ってるんだね。」
「陳腐な事を言うんだね。」
よそよそしい。お互いに、心は求めているのに素直になれない。
龍一が貴也の手を取って抱き寄せようとする。
「つっ!」
思い切り突き飛ばしてしまった。
「触れられたくないよ。
自分を何だと思ってるんだよ。何様?」
「ごめん、今日は帰るよ。」
「俺、3時から仕事。もう来ないで。」
ドアの閉まる音がした。
本当は追いかけて抱きしめたい。
でもあの死ぬほど辛かった気持ちが収まらない。許せない。
(他の男を抱いた手で俺に触らないで!)
精一杯強がった。
(ささやかな、俺の矜持だ。)
その日の仕事は散々だった。ほうじ茶用の急須を割ってしまった。ほっこりする益子焼の柔らかいフォルム。手に馴染むお気に入りの茶器だった。
「ごめんなさい。」
「大丈夫よ。益子焼は割れやすいの。
気にしなくていいわ。」
マスターの奥さんの優しい言葉に、涙がこぼれてしまった。
「泣くほど、心配しなくていいよ。高いモノじゃない。」
マスターが笑っている。
「今日の貴也は変だな。何かあった?
話、聞こうか?」
「大丈夫です。あともう少し。頑張ります。」
とおるは何か感じたようだ。肩を叩いてくる。
「終わったら,飲みに行くか?」
「うん、今夜は女抜きで、なら。」
「え?ヤバい。俺、口説かれてるの?」
笑った。まだ、笑う事ができた。
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