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第87話 リビドー
贅沢が身についている龍一が貴也の狭い部屋に通ってくる。
夢中になって愛し合う。久しぶりの逢瀬に、ただ空虚を埋めるための行為を繰り返した。
「待って。龍一、待って。何かが足りない。
何か、忘れてる。こんなの嫌だ。
俺の事,なんだと思ってるの?
セックスしたいだけでしょ。」
龍一は萎えてしまった。ハッとして
「貴也を傷つけた?ごめんよ。
貴也が欲しくてやめられなかった。
貴也を汚してしまったか?」
抱きしめてそんなことはない、と背中を叩いた。
「俺も欲しかった。
けど、あの辛い思いはこんな事じゃ治せない、と気づいたんだ。」
貴也は今でもまざまざと思い出す。
あの夜、龍一のマンションの部屋を合鍵で開けて、目の当たりにした光景。
頭を振っても消えない。二人が抱き合っていたのを鮮明に思い出す。
(俺はもう以前のようには龍一を愛せないんだろう。)
痛みを分かち合うのは無理がある。踏み躙られた心は戻らない。あの時の思いが、蘇る。
「龍一は全てを詩音に捧げていた。
思い出してしまうんだ。」
「わかった。貴也も誰かと恋に堕ちればいいんだ。死ぬほど愛しい人に巡り逢えればいいんだよ。私は妬けるよ。それでも、その苦しみしか
贖罪にならないだろう。」
「そんな出会いがあるわけないよ。
龍一を超える恋人なんているわけない。」
そんな事を言っていたが、思いのほか、すぐそばに運命の人は現れた。
あのユーツーだった。カフェ『暖家』に、シオンが連れて来たのだ。
みんな辛い過去がある。
ユーツーがクロードの元に走ったのは、ロジャーという恋人がいた頃だった。
完璧なモデル、ユーツー。クロードが手放さない。
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