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第106話 海を見ている
腹に響く重低音が聞こえる。龍一は砂浜に座って海を見ていた。貴也が擦り切れた緩いジーパンとシャツを着て走って来た。
龍一はさっきから、片手で砂を掴んでは、サラサラと下に落としている。考え事をしていた。
砂の感触は優しく、永久に続けられそうだ。砂を見ている龍一にも永遠が見える。
そっと隣に座って、貴也も零れる砂を見ていた。だんだん波が近づいて来ていつの間にか足を濡らす。
「あーあ、お尻も濡れちゃったよ。」
「ははは、ラップはいいのか?」
「うん、何だか入って行けない。」
「ああ、そんな時もあるな。」
貴也はどっちつかずな自分達の暮らしを思った。
龍一は医者だ。社会的地位もある。家は反社の巣窟だ。世間が知ったら大スキャンダルだろう。
「めんどくさい。」
「クロードに、スキャンダルに気をつけろ,って言われてるんだろ?」
「めんどくさい。今夜はどこに帰るの?」
クロードが借りている空き家を改造したスタジオに、さっきの女の子の服を着替えに来たのだった。
「あれ? 誰かいる。みんなラップバトルに行ったと思ったのに。」
シャワーを浴びて着替えるつもりでバスルームに直行した所だ。
「あ、勝手にシャワーを借りてたよ。」
「誰? 龍一の知ってる人?」
「いや知らない。どちら様ですか?」
「あ、すみません。時間があったので海で泳いでました。虎ニのツレです。ここ使えって。」
(彼氏じゃないよな。若松さんがいる。)
その人はすごく綺麗な身体をしていた。龍一のような筋肉ではないが、ほっそりして全く無駄のないスタイル。身長は龍一と同じくらいだ。
虎ニとはどんな関係の人なんだろう?
裸の腰にバスタオルを巻いて髪を拭いている。
「虎ニがクロードに紹介してくれました。
今度、モデルをやる事になった原田健一郎です。
元々ここは地元です。」
「それで海で泳げたんだ。このごろ、海で泳ぐ人なんかいないから。」
砂が付く、とか言ってみんな海を敬遠する。
貴也は海好きな健一郎がちょっと気に入った。
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