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第146話 梁大人と李星輝

「ここはどこだ?」  車でずいぶん走った記憶がある。わざと遠回りしていたのかもしれない。距離感をなくすために。  薄暗い部屋に転がされた。一応畳の部屋で、冷たい床より身体は楽だった。  二日目には縄も解かれ、トイレと水は自由になった。  外に出る所は全部塞がれている。食事は、水とへんな栄養クッキーのようなものだけだった。  死なない程度の餌という感じ。殺す気はないのか。 「梁大人、身体は痛くないですか?」 時折、梁大人にマッサージして筋肉をほぐしてあげる。そのままでは、年寄りの梁は硬く凝ってしまう。キツい事だろう。  李の若い体でも、ツラい。 「ありがとう、おまえは子供の頃から優しい子だった。ツラい出自にも負けないで健やかに育ってくれた。」 (ヤクに溺れたり,健やかとはほど遠いガキだったけどな。人を攫って来て強姦するような人間だ。)  初めて恥ずかしいと思った。 李を小さい頃から見ている梁には我が子のようでもある。 「私は密輸の実態を知ってしまったから始末されるだろう。おまえに頼んでおく。  万が一ここを出られたら奴らを潰すために頑張ってくれ。」  ずっと猿ぐつわをされてしゃべれなかったから、堰を切ったように話し始めた。  梁はコンテナが入ってくるたびに積み荷を確認してきた。もう何年も何十年も繰り返してきたルーティンだった。中は安い中国製の衣類や時には家具もあった。  コンテナを必ず開けるようになった。品物の確認と、密入国者の発見のためだった。  中には死んでいる者もいたから重要な仕事だった。それがこの頃、中を改める事が出来ない。 「私は通関を簡易的に通すことが許されていたんじゃよ。それだけ真面目に仕事をして来たからじゃ。部下たちも信頼していた。」 「急に厳しくなったなんて何か、怪しいですね。」 「それで、ある日付いてきた国の船乗りに聞いてみたんじゃよ。」  その荷物はココを経由して行くだけだから、中身に興味を持っても無駄だ、と言われた。  荷ほどきもせずに,そのままメキシコに運ぶという。 「私はこれこそ中を確認しなければ、としつこく聞いた。その船乗りは、これは麻薬ではない、と言った。港で飼われている麻薬探知犬も反応しなかった。それで安心していたんだ。」  フェン○ニルの前駆体物質だという化学薬品が日本の港を経由して精製工場のあるメキシコへ送られていた。メキシコからはアメリカへ大量に流入する。知らない間に国際問題に加担する事になる。 「この事を知ったら、生きてはここを出られないだろう。私は覚悟した。  李星輝、おまえを巻き添えにしてしまった。 あの可愛い嫁さんにも申し訳ないな。」

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