152 / 179

第152話 船乗り

 逃げて来た船乗りの男の話を聞いた。迫害された民だという。  それでも党に逆らったら生きていけない。 身分を偽って逃げて来た、という。 「ひでぇな。同胞だろ。」 「中国はウイグルを蹂躙し続けている。 チベットもそうだ。」 「事が大きくなったな。 おまえ名前はなんていうんだ?」 「アルプ。アルプ・ハサン。 ハサンはお父さんの名前。子供が受け継ぐ。」 「中国人に見つからないか? 顔がトルコ系じゃねぇ?」 「船乗りだから、何とか入り込んだ。 党の規制が厳しいけど、船に乗れるし、言葉も出来るから。」  国ではウイグルの迫害が続いていると言う。 「ああ、俺もネットで見た事があるよ。 ひでぇな、中国は。」  でも船乗りとして長いから、本人が言うには、信用されていたらしい。  それでこの国で、出航まで時間があるので与えられた仕事が李たちの見張りだった。  食事に少しの果物があったのは、アルプの心遣いからだった。 「奴らが兄さんたちに酷いことしないか心配だった。」  船の乗組員はほとんどが党員と、アルプのような下働きだった。 「ひどく、人使いが荒くて、仲間が何人も死んでいった。私も勝手な事やったら殺される、思ってた。兄さんたちが逃げた時、オワタ、と覚悟したくらいだ。」  党員は威張っていて待遇もいい。下っ端の船乗りはこきつかわれている。隙あらば逃げ出したい、とみんな話していた。  ヤバい物を運んでるとかで、いつも空気がピリピリしていたそうだ。 「コンテナの中身、知ってるのか?」 「ああ、知ってる。フェン○ニルだ。 小分けされてパッキングされてる。 でも時々見せしめに、粛清だ,と言って、裏切り者の処刑に使われる。」  一本打つとよく効いて夢見心地になる。粛清の時は二本。みんな静かに死んだ、と言った。 「どうして小分けされてるんだ?」 「お試しに、日本の繁華街、賑わってる町にばら撒くため、と言ってた。」  別動隊が人に紛れて、売人になると。 もう、F市や人の集まる所には、ばら撒いている。 「あ、ヤバい奴。安くてすぐに手に入るって 誰か若い奴が言ってたなぁ。」  コンテナには大量に材料が積み込んである。 「ヤバいんです。取り返しがつかない。 いっぱい見て来たんで。」

ともだちにシェアしよう!