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第164話 佐波一家

「おい、しっかりしろ!」  グダグダの男が保護された。佐波一家のシマウチだ。繁華街の噴水公園で死にそうな奴がいる、と連絡が入った。家にいた龍一がナロキソンの点鼻薬を持って駆けつけた。この所、龍一は海浜病院に行かない時は組の若いもんとパトロールするようになった。ゾンビを救出するためだ。  男はダルそうに身体を揺らしている。真っ直ぐに立ち上がれないのか、身体を二つ折りにして揺れている。 「救急車呼んでも拒否されるんで。」  急激に増えたヤク中に、この近辺の病院は怖気付いて引き受けたがらない。  海浜病院は遠い。 「とりあえず,うちに運べ。 自傷行為が始まらないうちに。」 佐波一家はあの違法薬物の蔓延を食い止めるために忙しい。 「まるで野戦病院だな。」  一家の住まいの一部が診察室も兼ねて、簡単な病室になっている。  若松も虎ニもてんてこ舞いだ。  「警察や行政は何やってんだよ。」 手伝いに来たのはあの赤ドラゴンの仲間たちだった。 「猫の手も借りたい。助かるよ。 そっちでも患者が出たんだろ。」 「ああ、海浜病院に入院させた。 生き延びて欲しいんだが。」  駆け付けてくれた李とケンが心強い。 公園で保護した男はナロキソンのおかげで落ち着いているようだ。 「本人に話を聞いてみたい。」  その男のベッドに行った。 「名前、言えますか?」 「ああ、木村明夫。」  年令は30才。港で重機オペレーターをやっているそうだ。繁華街に女を買いに来た、という。 「どこでこの薬を手に入れたんだ?」 「港のコンテナの仕事の時だ。」  港にはたくさん出回っている、という。 「どこにでも売ってる。1パック500円。」  最初は腕に刺した。最高だった。 木村はポケットから数袋の注射器を出した。 「良かったのは最初だけだった。 1時間も待たないで気持ちよさは消える。吐き気もするし、何より悲しくなるんだ。」  ナロキソンで中和されているのか、木村は暗い顔をしている。 「憂鬱になる。死にたくなる。あの高揚感はどこに消えたんだ!もう一度味わいたい。  助けてくれ。」  貴也は龍一の顔を見た。 「俺も覚えがある。ヤクの力は借りなかったけど、深淵に気づいた時の無明感はハンパじゃないよ。きっとこんな感じだ。」  どこにも寄るべがない。一人ぼっちで宙に浮いている。恐ろしく寂しい。  実際はもっと辛いのだろう。 「貴也、釣られるなよ。」  龍一は臨床患者の一人を思い出した。

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