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第166話 金春子
「ひどいよ。李たちは真面目に働いてるのに。」
「梁大人の港での権利も剥奪された。
強制送還だ、とか言われてるらしい。
もう、日本にも長いのに。
永住権だって持ってる。」
「ケン、俺はもう疲れたよ。抱いてくれ。」
ソファに倒れ込んで李が呼ぶ。
腕の中にすっぽり包まれて李の悲しい顔を見た。
ずっと辛いことが続いた李の事を思う。
やさしくくちづけて抱きしめた。
「ケン、泣き言、言ってごめん。
龍一先生はもっと大変なのに。」
「仕事を取られたら、梁大人は困るよね。」
「華僑の大きな組織がある。『業幇』があるから大丈夫だろう。
俺はもう戦うのが嫌なんだ。人が死ぬのも見たくない。」
李は、涼鈴の事を思った。
貴也から連絡があった。
「あの、木村っていう人が、李に話があるって言ってる。こっちに来れるか?」
「わかった、行くよ。」
李とケンは佐波一家の急拵えの診察室に行った。ベッドの上に起き上がって、暗い顔の木村がこっちを見た。
「離脱症状がひどいんだ。つらそうだ。」
「やあ、死んだ魚の目だな。大丈夫か?」
「ああ、李星輝、港を仕切ってる半グレだろ。
有名だ。俺は通名は木村明夫だけど、国では金明徳だ。」
同胞だと言う。
「李の事は前から知ってた。
おまえの母親は、金春子だろ。
俺はおまえの従兄弟だよ。春子の弟の子だ。
涼鈴は俺の妹だ。張は偽名。金涼鈴だ。
おまえたちは従兄妹で間違いない。」
「えっ?従兄弟?母さんの弟の子ども?
どうして今まで黙ってたんだ。」
クレーンのオペレーターだという木村。
「もっと早く知ってたら、一緒に仕事出来たのに。もう俺は輸出の仕事も出来なくなったよ。
もっと早く会いたかった。」
「俺はもうダメだ。あのヤクをやりすぎた。
切れてくると絶望的だ。死にそうになる。
あのまま、死にたい。最後に真実を話したかった。おまえの母さんは故国で墓の下だ。」
「母さんは国に帰れたんだ。故国で弔ってもらえたんだね。」
「党の方針でスパイ扱いだった。」
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