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第167話 母 2

 暴力的な夫、李恩大を見限った母は、中華街で働いていた時、中国に帰国すると言う男に出会った。故国に帰りたい母は、その男の言うまま、手続きをして国へ帰った。気がかりだったのは日本に李星輝を残した事だった。恩大が離さなかった。  帰ってから男が共産党員でスパイだったと知った。春子を日本の逆スパイだと言って党に売った。母は拷問されて死んだ。死の間際、あのフェン○ニルを打ってくれた。痛みもなくなって幸せに天国へ旅立った。こんな使い方!  男の密告から、春子の一族郎等、迫害された。母の弟が幼い明徳と涼鈴を連れて日本に逃げた。頼れるのは梁大人だけだった。  毛沢東の文化大革命以降、中国共産党の力は絶大になった。党員の逆鱗に触れれば、容赦ない制裁が待っていた。  李星輝の母は、家族のいる中国に帰りたかったが、やっとの思いで帰った故国はもう昔とは変わってしまった。今、中国は、貧しい者たちと、党の看板を背負った(正しき?)民とに分かれている。  コミュニズムの平等の旗の元、不平等がまかり通っている。巨大な国家だ。中には、党を隠れ蓑に麻薬マネーの莫大な収益を上げている企業がある。大っぴらな密輸。  中国、武漢からメキシコルートの中継地点に日本の港町が選ばれたのか? 「母は波瀾万丈な人生だったんですね。 金明徳さん、ありがとう。  何も知らないより良かった。」 「俺はもうダメだ。体の衰弱がわかる。 もう一度やりたいなぁ、あの麻薬。」  医者の龍一がダメだ,と言う。 「もういくらやっても気持ち良くはならないんだよ。飢餓感だけだ。薬を体に入れても、あの素晴らしい体験はやって来ない。  求めて量を増やしても、気持ち悪くなるだけだ。副作用も大きい。見ていてつらいだろうが。」  李も麻薬の離脱の苦しみは知っている。しかし このフェン○ニルの救いようのなさは、他に類を見ない。 「これは決して流行らせてはいけない。」 「でも、儲かるんだって。 ごく少量で効くから混ぜ物をして、錠剤にするんだ。最高のコスパ。」 「馬鹿野郎!」  警察が見て見ぬ振りなのがおかしい。 「頼むから少し打ってくれ。少しでいいんだ。  ツラい人生を生きてきて、あんなに幸せだったのは、あの薬を打った時だけだった。」  ほとんど呂律が回っていない。食べ物も受け付けないから痩せて幽霊のようだ。まだ1週間しか経っていないのに。  見かねて李が目を盗んで注射してやった。何も良くはならないが、致死量だったから静かに死んで行った。 「これは殺人になるのか?」 振り返って龍一の目を見た。龍一は静かに首を横に振った。  みんな涙を流していた。

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