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第3話
突然、事務所を辞めてしまったことに、俺の母は何となく察してくれた。
叔父さんも、辞める理由は訊かなかった。ただ今までありがとうな、と言って、まぁまぁの額の退職金をくれた。
叔父さんが現役でやってるうちに俺も辞めた方が後継ぎ問題もなんとかなるだろう。
で、無職、になった。
どこかの税理士事務所で働くというのも考えたけど、ここは一発、一念発起といきたい。
俺、藤澤圭太は、公認会計士を目指すことに決めた。
叔父さんの所で働いてた時から気にはなっていた。三大難関国家資格といわれているだけあって、受験資格は特にはないものの、仕事の合間に勉強してとれるようなものでは絶対ないっ。
合格するにはそれ相当の覚悟が必要だ。
俺は無職をいいことに、今からの二年間を受験に費やそうと決意した。
そして、今いる、寿荘に引越しをしてきた。
はっきり言って、超ボロいアパート。風呂とトイレはあるけど、蛇口を捻ってもお湯は出ない。
そんなアパートの二階の真ん中の部屋が俺の城だ。
収入はないから、支出は出来るだけ抑えたい。
まずは生活費。その中でも固定費の見直しをして、そう、家賃は安いに越したことはない。
で、この寿荘に決まった。
右隣は保育園児を育てるシングルマザー。そして左隣、謎の喘ぎ声を発する部屋の住人はたぶん分類分けで後期高齢者に該当する女性。背が低くやや小太り。この間も玄関の電球の交換をしてあげたら、お礼といってみかんをくれた。
喘ぎ声の謎は深まるばかりだ。
といって、そのおばちゃんにも訊くに訊けず、言うに言えずで、また週末の金曜日がやってきた。
かれこれ、今日も始まったとしたら五回目くらいになるかな…
最初はテレビの音かと思った。
何せ超薄い壁。たぶん正拳突きで簡単に穴を開けられるだろう。普段からおばちゃんのくしゃみや半音ズレた鼻歌なんかもしっかり聞こえる。
で、二回目くらいだったかな、ドンッ、と音がして、その薄い壁が振動した。テレビでも何でもない、リアルにやってる。おそらく真っ最中に脚でもぶつけたか。穴が開かなくてよかったのを覚えている。
で、朝になって、おばちゃんが元気に洗濯物を干していた。俺も、洗濯物を干そうと窓を開けて、挨拶をした。
おばちゃん、お部屋大丈夫ですか?…なんて
あぁ、訊いてみたかった。
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