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第5話

 翌朝、八時頃に起きた。いつも通り。  真面目な俺は規則正しい生活を心がけている。  俺の起床後のルーティンは、まず、起きたらすぐに窓を開ける。そして、ラジオ体操をする。スマホであのピアノの音と軽快な語り口の指導音声を流す。真面目にすれば結構いい運動になる。  その後、洗濯機のスイッチを入れて、部屋と風呂の掃除をする。掃除が終わった頃に洗濯も終わり、洗濯物を干す。  そして、ゆっくりとコーヒーを淹れる。豆を挽くとこから始める。ミルのハンドルを回すとカリカリと音がして、たちまちいい香りがしてくる。 で、ゆっくりお湯を注いでドリップ。  あぁ、至福の時間。節約生活の唯一の贅沢。酒もタバコもやらないからこれくらいはね。  ポタポタとサーバーに落ちる雫を見ていたら、ドアをノックする音がした。 「すいません。隣の西村ですが…」  えっ?おばちゃんの声じゃない。ってことは昨夜の男のどっちかか?なんの用だ? 「はぁい。ちょっと待ってください」  俺は、お湯をもうひと回し注いでから、台所の横続きにあるドアを開けようとノブを掴んだ。ドアをそっと開けると、そこには、俺とほぼ同年代のノーネクタイでスーツ姿の男が爽やかな笑顔で立っていた。 「朝、早くにすいません。俺、隣の西村マサエの甥です」  喘ぎ声の主は、おばちゃんの甥ってことか?   「…はぁ」 「実は、おばちゃんから頼まれてて。お隣の藤澤さんに渡しといてって、これを」  そう言って差し出しのは、手のひらサイズの袋だった。 「…何、かな。いや、何で?」 「おばちゃん、お隣さんにはいつもお世話になってるからって、それ、コーヒー豆です」 「いやいや、お世話なんて、たいしたことはしてないけど」  袋をよく見ると、有名な田ノ上焙煎所の名前が印刷されてある。 「やっぱり、コーヒー好きなんだ。いい香りがしてる」 「あっ…あぁ。そうなんだ。今、淹れたとこだから、よかったら飲んでく?」  何で、そんなことを言ってしまったのか…全く俺らしくもないことをした。

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