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第8話
あぁ、そういえば、ずっと前におばちゃんがすのこを使って台を作ってたのを手伝ったことがあったな。あれはハム太のケージを置く台だったのかな。
ハム太は芙実君の細い指で撫でられても、ぴくりともしない。爆睡。
「この間、おばちゃんが、お隣さんにハム太の家を置く台を作るの手伝ってもらったって、喜んでました」
やっぱりそうだったか…
「で、おばちゃんがテレビで田ノ上焙煎所が映ってるのを観たらしくて、芙実ちゃんの家の近くだし、お隣さん、コーヒー好きみたいでお礼したいから買ってきてって、頼まれたんです」
「そんな、お礼なんて…でも嬉しいよ。俺も去年だったかな、そこに併設されてるカフェに行ったことがあるんだけど、凄く美味しかったのを今でも覚えてるよ」
芙実君はニッコリした。そしてカップの残りのコーヒーを飲んだ。
「なんか突然お邪魔してすいませんでした。俺、そろそろ…コーヒー本当に美味しかったです。ご馳走様でした」
芙実君はそう言って、立ち上がろうとした時だった。
(あっ…もしもし母さん?…あたし…そう…で、明日のことなんだけどさ)
突然女性の声が聞こえた。
芙実君は辺りをキョロキョロした。
あぁ…芙実君。君はこのアパートの驚愕の事実を知ることになる…かも。それは、君次第だけどね。
(この間言ってた時間で大丈夫?…うん…涼介も楽しみにしてる)
涼介とは、右隣りのシングルマザーの息子の名前。今、右隣さんは電話をしているのだ。
俺は芙実君が訊いてくるまで、何も言わない。
「あの…この声って…」
そうだよね。窓も閉まってるしね。
遂に知ることになるんだね。超薄い壁のこと。
「あぁ、こっちのお隣さんの声」
俺は右側の壁を指差した。
予想通り、芙実君の表情がみるみる変わっていく。
「…ってことは…あの…やっぱり、こっちの壁からの声も聞こえますよね」
芙実君は、恐る恐る左側の壁を指差した。俺は誤魔化さずに言った。
「うん…聞こえてる」
「あぁ…」
芙実君は項垂れた。
さぁ、芙実君は顔を上げた時、どんな表情をしているか…恥ずかしそうな顔か、それとも恥ずかしいのを隠そうと怒った顔をするか。
「あぁ…おばちゃん何にも言ってくれないんだもん…こんなに聞こえるなんて…」
そう言いながら上げた芙実君の顔は笑顔だった。そして、声を立てて笑い出した。
その声にハム太は一瞬ぴくっとした。
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