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第12話

 芙実君は、俺が淹れたコーヒーを本当に美味しそうに飲む。その顔を見て、俺は癒されてる。 「圭太のコーヒーって何でこんなに美味しいんだろう」 「たぶん、芙実君の豆のチョイスがいいんだよ」  芙実君はまた俺の顔をじっと見た。  ただの豆の話をしているだけだよな。 「ねぇ…昨夜はどこまで聞こえた?」  ぶへっ…俺はコーヒーを噴き出しそうになった。  えぇっと…その…まずい、目が泳ぐ。 「少しは聞こえたでしょ?」 「…う、うん…飲み過ぎで…あぁ勃たないって」 「それから?」 「それから…えっと芙実君の触ってたら…」 「もう…圭太、結構聞いてんだ」 「ごめん…その後はもうわからない…本当」 「謝らないでよ…別に圭太は悪いことしてないんだから」 「そうだけど…」 「アイツとはもう別れてるんだけどね」  そうなの?じゃあ何でやってるの?ってさすがに訊けないな。 「同じ営業所の先輩でね…向こうはバイでさ…新人の女の子に手出して、妊娠させちゃって結婚…で、俺たちはおしまい」  芙実君は不動産仲介の会社に勤めているそうだ。相手の先輩の結婚を機に他の営業所へ転勤願いを出して、田ノ上焙煎所の近くの営業所に配属された。で、たまたまおばちゃん家、つまりこのアパートが先輩のいる営業所の近くだったから、週末にまた会うようになったらしい。これって不倫なのか? 「ちゃんと付き合ってた頃はさ、もっと思いやりもあったんだよね…でも今はただやりたいだけ…まぁそれはお互い様なんだけどね」  芙実君もそうなの?やりたいだけなの?  俺には関係ないか。 「俺さ、女の子には欲情しないんだよ。オッパイとか見てもなんとも思わない。男の広背筋の方がよっぽど興奮するんだよね」  世の中は多様性の時代だ。でも愛は普遍的に存在する感情だ。セックスに愛なんて芙実君はいらないのかな…もし、そうだとしたら、なんか淋しい…。 「さてと、勉強の邪魔しちゃだめだし、そろそろ帰るね…」  芙実君はそう言うと、腰を上げた。  玄関で靴を履くと、振り返って俺を見た。 「ねぇ、また来ていい?」 「もちろん。来週は手ぶらでね」  芙実君は今日一の笑顔を見せて帰っていった。

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