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第13話
それからの土曜日の朝は、芙実君とコーヒーブレイク。
ひと月も過ぎると、芙実君はやって来ても、ドアをノックもしないし、名前も言わない。代わりに、おはよう、圭太、って言いながら、爽やかな笑顔で入ってくる。俺もその時間には、鍵を開けている。
回数を重ねても、芙実君は決して長居はしない。必ず一時間くらいで帰っていく。
たまに、俺の勉強の邪魔になってない?と気を遣ってくれる。邪魔どころか、芙実君とのコーヒーブレイクは俺の勉強漬けの生活にいいアクセント付けてくれている。
芙実君は、面白おかしくエッチな話しをする。相手は粗チンのくせにすぐに自慢したがる、とか、女の子じゃないんだから潤滑剤は必要なのに、ガッつき過ぎてローション無しでされそうになった、とか結構辛辣なことも可愛い顔で言う。
俺は公認会計士になろうとした理由とか寿荘に越してきた経緯とかを話した。芙実君は、叔父さん夫婦の対応を、何だよそれって、自分のことのように文句を言った。誰にも話したことはなかったんだけど、なんか、嬉しくてこそばゆかった。
そして、試験前日の土曜日の朝を迎えた。
「圭太、おはよう」
芙実君がやって来た。うん?いつもより、声が大きいぞ。
「おはよう、芙実君。もうすぐお湯沸くから待ってて」
芙実君は鼻歌交じりで座卓を移動させて、いつもの場所に座った。鼻歌なんて珍しいな。
「はい。お待たせ」
俺は芙実君の前にカップを置いた。
「圭太、目閉じて、手出して」
何だ?俺は芙実君の言う通りにした。
「はい。これ」
手の上に何か乗せられた。ハム太ではない。
目を開けてみると、それはお守りだった。紫色の生地に金糸で合格守って刺繍が施してある。
「えっ…うそ…いいの…俺のために…うわぁ、めちゃくちゃ嬉しいよ、芙実君。ありがとう」
俺の喜ぶ顔を見て、芙実君も嬉しそうな顔をしている。
「そんなに喜んでくれて…よかった。それと」
と言って、ポケットからもう一つ、小さなゴムボールの様な赤くて丸い物体を出した。
「ねぇ、圭太、そこのティッシュ取って」
俺は、ティッシュの箱を渡すと、芙実君は一枚引き抜き、それを丁寧に何度も折りたたみ、五センチ四方の大きさにした。で、その上に赤い丸いのを置いた。まるで座布団に座ってるみたいだ。
「これは、縁起物だからね。圭太の勉強机に置いとくよ。絶対にここに置いといてね」
「うん…わかった…けど、何それ?」
芙実君は、ニヤッとして、タコだよ、と言った。
タコ?何で?なんかよく見ると手作りっぽいけど、確かにタコだ。足も八本あるし…
芙実君は何の説明もしてくれない。早々にコーヒーを飲み終えると、じゃあ健闘祈る、と言って、帰ってしまった。
その後、ネットで、受験とタコ、で検索した。なるほど、オクトパスか。
俺は、タコ様に手を合わせた。
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