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第15話

 芙実君とハム太を俺の部屋に来させた。    あの男が、またやって来るかもしれないと思ったからだ。  明るい部屋で見てみると、芙実君の頬には手形がくっきりと付いていた。  俺は、小さな保冷剤を何個かハンカチでくるんで、芙実君の頬に当てた。芙実君は色が白いから赤く腫れているのが尚更よくわかった。 「大丈夫?口の中とか切れてない?」 「うん…大丈夫。ごめんな」  その横でハム太はケージの中で懸命に滑車を回している。この間と全く別人、いや別ハムだ。 「芙実君…コーヒーいや、ホットミルク入れようか?」 「…ううん…カフェオレがいい」  芙実君の顔に少し笑顔が戻った。 「了解。ちょっと待っててね」  俺が冷蔵庫から出した牛乳をレンジで温めていると、芙実君が、ねぇ、と話しかけてきた。 「あのさ、聞こえてたでしょ?ハム太の飼い主さんが来週には退院すること」 「うん…聞こえてた。よかったね、退院できて」  なんか空々しい言い方になってしまった。  だって、それは土曜日の朝の芙実君とのコーヒーブレイクがもう終わりってことを意味するんだもん…勝手にずっと続くものだと思っていた。  バカだな…俺。  カフェオレを芙実君に手渡した。  ありがとう、と言って、カフェオレをふぅふぅしながら飲む芙実君は、もう、いつもの芙実君だった。 「しっかしさ…ちょっと気に食わないことがあったからって、普通、手出すか?本当最低なヤツ。別れてよかったわ」  芙実君は眉間に皺を寄せて、唇を尖らせて言った。  でも、その相手のヤツを怒らせるようなことを言ったのは芙実君だよね。あの時、何て言ったんだろ…。ちょっと気になる。  俺は押し入れの戸を開けて、布団を出した。 「俺はハム太と一緒にもう少しやってから寝るしさ、芙実君、先に寝てよ。後でハム太にも餌やっとくからさ」 「ごめん。最後の最後にも、迷惑かけたな」  芙実君…そんな…。  迷惑はかけてないけど、最後は事実だ。  芙実君にタオルと歯ブラシを渡して、台所で歯磨きしている間に、俺は自分の敷き布団のシーツと枕カバーを洗濯したのと交換した。  歯磨きが終わると、芙実君は肌シャツとパンツ姿になって布団に入った。 「じゃあ、お先に寝るね。おやすみ」  しばらくすると、芙実君の微かな寝息が聞こえてきた。それとハム太の滑車を回す音。  滑車の回る音って、もっとカラカラと音がするものだと思ってたけど、意外に静かだった。

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