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第26話
それから、俺たちは、しばらくの間、抱き合ってキスをしていた。芙実君は可愛いかった。
可愛いって、大人の男にいう言葉ではないかもしれないけど、でも、芙実君はすべてが可愛い。
ハム太が帰ってから毎週会えなくなって淋しかったんだ、と俺が言うと、はにかんだ顔で、ちょこんと俺の胸元におでこを引っ付けて、俺もだよ、って言ってくれた。
ああ、芙実君、好きだよ。
と、お互いの気持ちがわかったけど、芙実君は毎週、来てくれるわけではなかった。次の土曜日も、その次の土曜日も来てくれなかった。
ようやく来てくれたのは、三週間後の土曜日の昼前だった。
おはよう、圭太、ってあの爽やかな笑顔で言ってくれたけど、俺はちょっと拗ねていた。
毎週会えなくなって淋しかったって俺が言ったら、芙実君も俺もって言ってくれたのに、こんなにも間を開けるなんて。で、つい、嫌味を言ってしまった。
「…もう、来てくれないのかなって思ったよ」
「何怒ってんの?ほら、田ノ上焙煎所の豆も持ってきたよ」
芙実君は、まるで子供をあやすように、俺の頭をいい子いい子した。そして、唇にチュッ、て。
ああ…もう、骨抜きにされてる…俺。
チューで機嫌が直った俺は、早速、芙実君に催促されて、持って来てくれた田ノ上焙煎所の豆で、コーヒーを淹れた。やっぱりここの豆は格別だ。
二人で頷きながら飲んでいると、芙実君がボソッと言った。
「俺さ、ずっと圭太に会いたかったよ。でも毎週会ってたら…俺自信ないよ」
「…何が?」
「圭太が、合格祝いに俺としたいって言ってくれてるのに、それまで俺、我慢できるか自信なかったんだよ」
ああ…もう、芙実君…何てこと言ってくれるんだよ。
「ありがとう…芙実君。たぶん俺も自信ないわ」
二人で顔を見合わせて、笑った。
合格発表まで、後ひと月ちょっとだ。
「ねぇ…芙実君。キスはしてもいいよね」
俺は芙実君の返事を待たずに、芙実君を抱きしめて唇を重ねた。唇を割って舌を入れようとしたら、ストッパー圭太その一が現れた。
こらっ、舌絡めたキスして、お前は途中で止められるのか?すると、いいじゃん、もう両想いなんだし、やっちゃってもさぁ…圭太そのニが、そそのかす。芙実君の我慢してくれてる思いを、お前は何とも思わないのか?と、圭太その一。
そうだよな…圭太その一は正しい。
俺は、芙実君の柔らかい唇を数回食んで、ベロチューは泣く泣く諦めた。
そうだ、舌の接触がダメなら、声と心をもっと密着させよう、と俺は思った。
「ねぇ…これからは芙実って呼んでもいい?」
「いいよ。圭太君」
芙実君はクスッと笑った。いや、もう芙実だ。
俺は、芙実の前髪を掻き上げると、おでこにキスをして、もう一度抱きしめた。
そして、この日も芙実は長居はしなかった。
芙実が帰る時、俺たちは見つめあった。次に会うのは合格発表の日だと、互いに笑顔で頷いた。
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