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                   俺はユンファさんと見つめ合いながら、そっと彼の下着の中へ手をさし入れた。  ズルをしたのである。俺の手の侵入によって浮いた下着のその隙に、彼の勃起の先端がはみ出る。俺の片手は硬結(こうけつ)したその勃起をつかみ、あえて下着の中でそれを小刻みにこする。彼の尿道口からあふれてカリ下に溜まったカウパー液が、俺の小刻みな動きに上下する薄皮とこすれてくちくちくちと音が鳴る。   「……ぁ…ッ♡ ……ぁ…♡ だめ……」    と色っぽく目を細めたユンファさんが、艶めかしい甘い吐息でそう言う。  なお俺の手首は彼の下着のゴムに押さえつけられている。すると必然的に俺は肘を起点として手を動かしているため、彼の下着は俺の腕の小刻みな上下につられ、結果として彼の陰嚢(いんのう)や膣も小刻みに持ち上げられ、わずかに下着がそこらに食い込んでは緩まるように揺らされていることだろう。   「……ぁ…♡ ……あぁ…♡ …ぁう…♡」    ユンファさんは俺のほうに向けたままの顔をふと(うつむ)かせ、目をも伏せながら、眉尻を下げた切ない顔をする。   「…ショウ、さん……♡」    そして甘い声で俺の名を呼びながら、彼は俺の後ろ頭を撫でさげ、俺のうなじを掴んできた。   「……俺、本当はソンジュというんです。…九条(クジョウ)(ヲク)松樹(ソンジュ)…、松の()、松に樹木の(ジュ)松樹(ソンジュ)……」    そうして俺は、何の惜しげもなく自分の真名(まな)をユンファさんに告げた。このヤマトという国ではめったにその真名、すなわち「名前の字(漢字)」を明かさない風習があり、通常社会ではみなカタカナ表記の名前で生活をしている。  ではその真名を知っている存在はというと、自分、そして家族のみ――つまり、この国で真名を告げるということはプロポーズ相当の行為である。    俺は元よりこの美人と結婚するつもりであった。  あわよくばこれで彼を意識させたかったのである。  ……「ぁ…♡」と俺に勃起をまさぐられて喘いだユンファさんはしかし、恍惚の赤紫色の瞳をつと上げて俺を見ると、   「そん…ソンジュさん…下着、脱がせて…?」    と俺に甘えたおねだりをしてきた。   「……、…」    打てど響かず――憎らしいほどさらりと流された。  なるほど……だからこそこれはどうだ、あれはどうだと試したくなる。そのうちに気が付けば男はその存在にばかり一心不乱になり、鼻先を(くすぐ)る獲物の甘い匂いを追いかけているが、無我夢中で走っているうちに、周りが見えなくなっている自分にさえも気が付けなくなり――そして、実は自分の追っているその獲物はまさに自分の背に(またが)り、今もなお走っている己の背の上で優雅に頬杖でも着きながら、その甘い匂いの白い指先で自分の鼻先をこちょこちょと楽しげに擽っているだけ…というのにさえ気が付けない、間抜けな男となり下がる。    しかし、そうした破滅的な魔酔(ますい)の道がやけに魅力的に見え、いっそのことその道を全力疾走してみたいとさえ思えるのは、もしや男の(さが)であろうか?    ユンファさんは自分を「悪魔のようだ」と言ったが、確かに彼には男を()する魔性の魅力があった。  さすがだ。さすがにユンファさんは男を唆らせる技巧を心得ていたのだ。俺の真名を受け流したことにせよそうだとはいえるが――自分でも脱げる、またねだらずともどうせいずれは脱がされる下着を、わざわざ俺に「脱がせて」と甘えてくる絶世の怜悧げな美男子、これに俺がニヤけないはずもなかったのである。  ……とはいえ――先ほど俺は高級車のような自分のプライドに、悪戯な小さいかすり傷を付けられたばかりだった。   「…駄目。ご自分で脱いで俺に見せて…、……」    俺はおもむろに後ろにあるベッドに腰かける。  ……するとユンファさんは「意地悪」と色っぽく言うと、片方の手首に引っかかったままのバスローブの袖を抜き、パサリとそれを床に落とした。彼はその長身の白い体に、黒いボクサーパンツのみを身に着けた姿になった。…しかしそれさえも今すぐに脱ぎ捨てられると思うと、期待感からドクドクと俺の心臓がより興奮して力強い脈動を速める。  それから案外さっと俺に体で振り返ったユンファさんが、ベッドに腰かけた俺の近くに何歩か歩みより、ホテルの足のない箱状のベッド側面に彼の膝がつくほどまで、そうして彼は俺の間近な距離まで近寄ってきた。……俺が少しだけ目を下げれば、その黒いボクサーパンツの棒状の膨らみが、そのゴムからはみ出した桃色の亀頭がつぶさに見とめられる距離である。   「……お願いですから、一緒に……」    とユンファさんは俺の膝にある静脈の浮いた両手をそっと取り、自分の下着のゴムまで導いた。本当に悪い人だった。  結局俺は彼の下着のゴムに両方の親指を差し込み、彼は俺のその手を押さえながら、するり……――勿体つけた(のろ)い速度でそれを下ろしてゆく。    俺の目はゆっくりと全貌があらわになってゆくユンファさんの勃起に釘付けだった。  下着の囲いに抑圧されていた彼のそり返る勃起が、ポロンと解放されてゆらゆらと根本から揺らぐ。   「…凄く綺麗だ…」    ユンファさんもまた年相応に若々しく反り返るほど勃起していた。――無毛の生白い恥骨であることも手伝ってか、見るに彼の陰茎はよほど下手なベータ男よりも大きかったが、色白ゆえに(みき)をおおう薄皮もあわい薄桃色で、亀頭ばかりがつやつやとした桃色に色づいていた。まるで何も知らぬ無垢な少年のような色合いをしている癖に、サイズばかりは立派な彼の勃起は、その対照(たいしょう)がまた絶妙に官能をくすぐってくる代物である。    ――しかし、()()()()()であった。    ユンファさんの細い痩せた脚をすとんと落ち、今彼の足下にある彼の黒いボクサーパンツの股部分に、ぬらぬらと透明な粘液が張り付いてみだらな光沢をはなっていた。彼は膣のほうも愛液があふれるほど濡らしていたのである(いや、オメガ属男性の彼が性的興奮を覚えたなり、両方がそうなるとはあくまでも当然のことではあるが)。――なおユンファさんは脱ぎおえた下着を、自分の足下にそのままにした。   「……キスだけでこんなにガチガチにする人、俺は初めて見ましたよ…、……」    と俺はだから興奮気味にこう言ったが、彼を(はずかし)める嘘を言ったのではない。()()()()()()()を言ったのだ。  とはいえ俺も勃起はしていたが、まだユンファさんよりも余裕はあった。   「…………」    彼は何も答えない。  ……悪戯心のおこった俺は片手をユンファさんの太もものあいだに差し入れ、まずは彼の大陰唇(だいいんしん)ににゅるりと指を入れる。オメガ属男性は小陰唇(しょういんしん)をもたない。にゅるにゅるとよく濡れた熱いやわらかな膣口からの愛液を潤滑油に、俺は大陰唇からお尻のほうへにゅるると指をすべらせる。…ぷりぷりと弾力のあるアナルをぬるぬると撫で、またぷにぷにとやわらかい膣口を撫でと行き来する。   「いつもそう…? キス、好きなんですか…?」   「……ん…♡ ちが……ぁ…♡」    ユンファさんの臀部(でんぶ)が身じろぐ。  俺は彼の愛液に濡れた手で、その白っぽい桃色の小ぶりな陰嚢をやさしく撫でる。陰嚢を撫でまわし、にゅるりと閉じた大陰唇にはさませた指で彼の膣口を、アナルをと撫でながら、俺のもう片手は彼の勃起の太くなった根本を三本の指でつまむ。上下に小刻みにこする。  ……ビク、と彼の骨盤が小さく跳ねる。   「じゃあ何故キスだけでこんなに濡らして、こんなにガチガチになっているの…?」    と俺はあいかわらず彼の股や陰嚢を撫でまわしつつ、その薄皮の中に充実している勃起の硬さを彼に自覚させるため、手のひらに裏筋が来るよう逆手で掴んだそれにやや圧をかけながら撫であげ、にゅるりと濡れた亀頭を包むように撫でさげて、それから弓なりに反った面を撫で――と、それの全体をやや圧をかけて撫でまわす。   「正直に言ってくださったら、もっと気持ちいいことしてあげましょう…」   「……、……そ、ソンジュさんが、…」    とユンファさんが恥ずかしそうな小声でいう。   「…ソンジュさんが、格好良いから…」   「……、…」    俺はユンファさんのその恥ずかしそうな声にドキッと胸を揺さぶられ、手を止めながらさっと目を上げた。彼は自分の肩に片頬を寄せ、俺をうっとりとした伏し目で見下ろしながら、頬を薄桃に染めている。   「…だから…おじさんとキスするより、凄く気持ち良かったんです…――それに……」    とユンファさんがもっと目を下げる。   「…ソンジュさんの勃起したおちんちんが、ずっと押し付けられていたから…欲しくなっちゃって……」   「……、…」    この媚態はきっと、ユンファさんの内にひそんだ魔魅(まみ)の仕業に違いない。――このときの俺はそう思い、あまり真に受けないようにと気を引き締めた。……約束どおり、俺はにゅぷとユンファさんの膣内に中指を差し込んだ。「ん…っ♡」とやや鈍い声をもらしながら、彼のお尻がビクと微動した。きゅうっと俺の指も彼の膣口に締め付けられる。   「……崩れないように」    とだけ前置き、俺はもう片手で自分のほうへ倒した彼の勃起へ、腰から上体をたおして近づく。  そして俺はおもむろに、その桃色の濡れた亀頭を口に含んだ。まずはその亀頭を唇でやさしく絞るようにちゅぷちゅぷとしゃぶる。ぬるついたカウパー液も甘い。――そうして、そのぽってりとして柔らかい亀頭をしゃぶりながら、一方中指の先では、彼の膣内にあるリング状の前立腺の腹側をゆっくりとこする。   「…っんん……!♡♡」    すると悩ましくユンファさんの臀部が揺蕩(ようとう)する。  次に俺は下の歯に舌をかぶせ、亀頭からやや進んだ場所まで口内へ迎え入れては、軽く吸い上げながら引き、引くたび薄皮を唇で上へ少したぐり寄せるようにしては、進むたびにその皮をもとに戻す。その動きをちゅぽちゅぽと速く繰り返す。こうすることで敏感なカリ下がその皮にこすられる。  なお自分の口内に入っていない、薄皮の下の熱い血液の充満した硬い幹もつかみ、小刻みに上下させる。――同時に(しこ)った前立腺を中指でコスコスとこすり続ける。   「…あっ…イく、♡ イきますっイく、…」    するとすぐに晴れて忘憂(ぼうゆう)のときを迎えようとしたユンファさんだが、   「……は…、……」    俺は口を開けながら引いてゆき、両手は離れないがその動きは両方止め――目の前にあるつやつやとしたピンク色の桃の割れ目を舌先でなぞり、尿道口をチロチロと舌先でくすぐったあと、浅い皮の境い目、カリ下に舌を差し込んでゆっくり…一周を目指してなぞってゆく。   「……ッ!♡ …〜〜っ!♡♡」    ユンファさんの滑沢(かったく)のある白い恥骨が素早くビクン、ビク、と少し後ろへ引いては直る。彼はまだ射精しない。というよりか亀頭の刺激ではまずしようもない。――ちゅ…と甘いカウパー液を吸い取り、彼を期待をさせたままにしたい俺は、掴む手も挿れた中指も抜かないまま、上体を直して彼を見上げた。 「俺の目を見てください」   「……、…、…」    ひそめられた眉の下で、きゅっと長いまつ毛の生え揃ったまぶたを閉ざしていたユンファさんが、つ…と薄目を開けて俺の目を見下ろしてくる。   「……は、は…、……」    息を弾ませているユンファさんの潤んだ紺色の瞳に、微細な星屑(ほしくず)がチラチラと光っている。俺は彼のその潤んだ瞳に優しく微笑みかけた。俺の四本指はすぅ…とユンファさんの勃起の上部へやや上り、親指の腹でぬるぬるとやわいハリのある亀頭を撫でまわす。   「…気持ちいいですか…?」   「…はい…おちんぽ、気持ちいいです…」    とユンファさんが、もはや正気とも思えない恐ろしいほどの恍惚顔で答える。   「イきたい…?」   「…イきたいです…。僕のおちんぽ、イかせてください…」    泣きそうなほど悲しげな彼の表情、しかし彼の切れ長の目は被虐の歓びに火照ってとろみを帯びている。   「……、…」    目ざとい俺の眉が少しひょいと上がる。  なるほど――この勝ち気な美男子……どうもマゾヒストらしい。  先ほどはあれほど才弾けだったユンファさんが、今は危うげなほど俺におもねた弱々しい態度を取っていることに、俺は少し驚いた。――だが数多くマゾヒストを見てきた俺には、彼のこの豹変ぶりに何かしら裏があるわけではないこともわかっていた。彼はそれほど完全なマゾヒストの顔をしていたのである。    いずれにしても人には「よすが」が必要である。  蠱惑的な男は甘え上手であることが非常に多く、むしろそれで他人を魅了してコントロールをすることに快感を覚える者も多いが――故にマゾにたどり着くより先にサドにたどり着く者が多く、調教するにしても時間を要する、合意させるのが難しいなど困難な場合が多いが――、ユンファさんは極まったマゾヒストであった。  ……いや、彼はその通り他人を(もてあそ)んで快感を得ているサディストである。――しかし『僕は一人でも生きてゆける』と普段は常に気を張っているサディストの彼のよすが、不器用な彼が自分に唯一許している「甘え」が、このマゾヒスティックな隷属であった。このときの彼の「甘えたい」という欲求は、こうしたマゾヒスティックなプレイで発散されていたのである。    サディストとマゾヒストは表裏一体だ。  どちらかが極まったなら、対極にも行き着くもの。  サディズムとマゾヒズムはいわば陰陽(いんよう)か、「陰極まりて陽に転ずる」――そしてその逆もまたしかり、なのである。    愛され方も愛し方も知らない可哀想な人ではあるが、それを含めてやはりユンファさんは、まさに俺の理想の顕現だった。――可愛かった。     「イきたいのなら、俺にキスをしてください」と俺は顎を上げる。   「……はい…、……」    するとユンファさんは俺の肩に手をかけてきた。  従順に身をかがめたユンファさんの色っぽい伏し目が、俺の目もとに寄ってくる。  長く黒いまつげが(ふち)に生え揃う切れ長のまぶたがそっと閉ざされ、はむ…と俺の唇を愛撫する肉厚な彼の唇が、まるで奉仕するようにゆっくりはむ…はむ…と一方的にうごく。「ん……、…ん……」と時折甘い声をもらしているユンファさんの片手に、下着のうえから俺の勃起が遠慮がちにまさぐられる。  ……俺はそのたっぷりとした唇の柔らかい愛撫と、もどかしい優しすぎる彼の手とを楽しみながら、こす…こす…と断続的に彼のものをしごく。  俺の親指はまた彼の亀頭をぬるぬると撫でるが、…どうもこれでは――と俺は考えていた。 「……は…、もういいよ」    俺が合間にそう言うと、はたとキスをやめたユンファさんが、ぽうっとした顔をして俺を見下ろした。  ――どうもこれでは……ユンファさんは俺が「やめていいよ」というまでキスをし続けるだろう、と俺は察したのである。それはもはやマゾヒストの習性のようなものだった。  ……ということは、…とも俺は考えた。  彼は誰かしらに調教されたか、今まさにされているかという人だろう。先ほど「貢いでくれるおじさん」が幾人かいると言っていたが、その内の誰かに「ご主人様」がいるか、あるいはまた別にそうした存在がいるのかもしれない。   「…ありがとう。ご褒美にイッていいですよ……」    俺はユンファさんの勃起を握りこみ、くちくちくちと彼のカリ下から水気のある音が激しくたつほど、素早く小刻みに手首から手をうごかす。そして彼の膣内の前立腺も同時にこすこすと擦り続ける。   「…ぁ…っ♡♡ ぃ、イく、♡ …っイきます、♡」    斜へ顎を引いているユンファさんの眉尻が悲しげにも見えるほど下がり、彼は目を瞑った切ない顔をしている。   「射精しながら俺の目を見つめて」    俺のなかば命じるような要求のセリフに、ユンファさんの閉ざされている目がふっとうすく開き、彼の紺色の瞳が従順に俺の目を見下ろす。   「………ッ僕のイく顔、見てくださ…――っ♡♡」   「……、…」    美男子の潤んだ切ない紺色の瞳が、俺の目をじっと見つめ――ぽろ、と片方の目からは涙が落ち――俺が息を呑んで彼の瞳に見とれているそのさなかに、俺の五本の指へどろりと熱い粘液が垂れてくる。    

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