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               そのあとユンファさんは、そう間隔をあけずに何度も何度も絶頂を遂げていた。  ……それこそ俺が彼の唇を一方的にもみくちゃに食みながらガツガツと攻め立てても、俺が「可愛い、好きだ、愛している」と愛を囁きながら緩やかに動いていても、もはやどういった攻められ方が弱いだとか、俺がどういう動きをしていたからだとか、そういった技巧的なことは関わりなしと思えたほどに、彼は何度も何度もくり返し絶頂していたのである。    たしかに俺は初めて会った男であっても、その物憂(ものう)男体(なんたい)煩悶(はんもん)を晴らすにたやすかった。それだけの場数を踏んできているからである。  ……しかし、さすがにそこまで()がりくるい、快感の極致にまでたどり着いては来た道を引きかえす間もなく何度も何度もまた快感を極め、浮かんだままそう沈むこともなくまたのぼってゆく――極楽浄土とその境を何度も何度も往来する、この世の憂いを忘れたかのように咲き乱れる無憂華(むゆうげ)は、俺の目に驚くべき稀有(けう)な吉兆と見えた――。    簡単にいえば、ひと度のセックスでこれほどまでに感じやすく何度も何度もイくような男は、俺は初めて出会った。…そしてそういった敏感な肉体をもつ男は、かねてより俺が理想として探し求めていた存在だった。    俺たちはやけに肉体の相性がよかったのである。    実際俺もまたお互いの肉体の相性の良さを体感していた。――ユンファさんの肉体の具合の善さには、何か一夜切りにするには惜しい奥深さ、もっともっとと追いもとめたくなる謎めいた神秘、水のしたたるミステリアスな洞窟の奥、決して穢れない神の顕現をにわかに感じ、彼の体は俺に何度でもその美しい男神を拝みたいと思わせた。彼はその麗しい肉体をもって、俺を自分の信者にしたのである。    しかし俺の肉体の信者となったのはユンファさんも同じであった。彼は求めるかぎり何度でも自分を愛する俺の無憂樹(むゆうじゅ)の虜となった。  ユンファさんは俺がのちにスキンの中で果てたあと、さらに二度目から三度目、三度目から四度目と、際限なく何度も俺を欲しがった。――なお俺はこういった夜の出会いのとき、スキンは一応箱で持ってゆくようにしている。    例えばユンファさんとの夜のように、あるいはお互いに気持ちが高まって多く求めあう可能性があるから、というのもそうではあるが、その他にも、スキンというのは薄いぶん破れるや装着の失敗なども可能性としてなくはないため、念には念を入れ箱で持っていくに越したことはない。――が……俺のもっていったスキンの箱が空になったあの夜は、それこそ空が白んでもさらに朝食を取るか取るまいかという時間になるまで、俺たちはベッドの只中(ただなか)に居続けたのである。    また俺たちの肉体のその合致性もさることながら、肉体を求めるその情熱においてもお互いにほぼ同量を有していた。要するにどちらかが求めても片方がもう結構、と音を上げるわけでもなく、どちらかが求めればもう片方も必ずそれに嫌々でもなく呼応する。  有り体にいえば、俺たちは性欲の強さもまた釣り合っていたのである。    俺はこのときもこう思っていた。  ひょっとするとこの出逢いは本当に運命と呼べるもの、すなわちユンファさんは俺の“運命のつがい”なのかもしれない。――俺は出会い拍子に彼の美貌に一目惚れをし、ものの何秒で彼との真剣交際、それをもっといえば彼との結婚を望んだ。  すると俺のその直感は当たっていたということにもなろう。…二つの肉欲と肉体が一つになったかのような、この奇跡的な一致は運命と決めて間違いない。    俺は自分の直感を瑞兆(ずいちょう)と確信した。――ならば何としてでもこの美貌の男を手に入れなければならない。俺は自分がみすみす幸福を逃したりはしない男だと自負していた。      ――休憩から宿泊に切りかえたラブホテルの一室にもやがて、名残惜しい朝の光がベージュ色のカーテンの隙間から差し込んでいた。  ……乱れたベッドシーツの上、白いかけ布団の中で身を寄せあっている俺たちのことを(だいだい)色のほの明かりで照らすベッドサイドランプの下、ホテル備え付けのガラスの灰皿の中には、二人のタバコの吸い殻が散乱してごみごみと汚らしく溜まっている。   「……沢山イッてくださってありがとう…、嬉しかったな…――それに…貴方がイッている姿も凄く綺麗だった……」    俺は艶言をかけているユンファさんに体を向けて肘枕をし、仰向けのその人の濡れた艶美な黒髪をゆっくりと撫でている。あれから一睡もせずセックスをしていたので当然ではあるが、彼は眠り目というようにその切れ長のまぶたをとろんとさせ、いかにも眠たそうながらもうす赤い顔をしていた。  ……この美男子はその黒いまつ毛も長ければ、顔立ち自体も大そう美麗である。――眠り顔もまたさぞ美しかろうが、はたしてその眠り顔はあどけないものなのか、はたまたゾッと戦慄(せんりつ)するほどに美しい死に顔めいた顔なのか、俺はこのままユンファさんが眠るまで待っていたい気持ちになった。    なお、ほとんど絶え間なく俺に暴かれていたユンファさんは、…少なくとも彼の肉体ばかりは、あたかも俺に征服されたあとの様相をなして、俺の隣で静かに息をしていた。――その全身はすっかりと抗心(こうしん)を損なって、気だるそうに節々や筋をやわらかくして、ベッドの上でとろけそうに仰向けに脱力している。  また蒼白かったその人の全身の皮膚の下に、ほんのりと居残った肉欲の赤らみは、汗をまんべんなくかいた皮膚のなまめかしい光沢に彩られて、先ほどまで咲き乱れていた彼の肉欲をその淡い薄桃によって匂わせていた。    ……ある意味ではユンファさんが言っていた「精魂尽きるまで搾取する」という言葉に、この時点でも俺はなかば納得していた。もう一滴も出ないというほどまで彼を抱いた。――はずだったが……ところが実直にいって、俺はまだまだユンファさんを抱けそうな気がした。  俺はどだい性欲が強い男ではあるが、それにしても彼は恐ろしいほど魅惑的な美男子だった。   「…貴方は…今も本当に綺麗だ…、……」    しかし、いずれにしてもチェックアウトの時間が迫っていた。――更なる延長料金を支払うことは俺にとって何でもないことだったが、むしろそのチェックアウトを口実にでもしない限り、俺は何を放り投げてでもいくらでも際限なくこの美男子を求めてしまうとわかっていた。さすがにそういうわけにもいかない。   「…でも名残惜しいけれど、そろそろ…」    と俺が言いかけると、ユンファさんはふいと気だるそうなその顔を、俺とは反対の横へ向けた。   「…また会えますか」    これはユンファさんの言葉だった。ただその白々とした表情の横顔はもちろん、その声も低く(かす)れていて愛想がなかった。しかしその言葉に視界が明るくひらけたように感じた俺は、ドキドキと動悸がするほど嬉しくなって、こう即答した。   「もちろん。俺もまた会いたいです。」   「…じゃあ連絡先だけ置いて、さっさと帰って」    とユンファさんがそっけなく言いながら、ころんと俺に背を向ける。   「……、…」    俺は唐突な彼のその冷たい態度に一瞬うろたえた。  ……俺がそれとなく、このあと彼と一緒に朝食を取って、その朝食を取っているさなかに自然と個人的な連絡先を交換する、というようなプランを思い描いていたからだろう。――しかし用無しになったので早く帰れ、とにべもなく言いはしながらも、連絡先は置いてゆけ……ということは、少なくともこの美男子は依然俺とまた会ってくれる気はあるということである。    ましてや密に瞳を交わしあう最中ならばまだしも、彼氏でも何でもない男に事後甘い態度を取られてもまあ、「勘違いするなよ」と思うのは当然とも思えた。  ……むしろいつか絶対にこの美男子を手に入れるそのためには、ここは引いたほうが賢明なようである。    そうしてこのとき俺は「わかりました」と(いさぎよ)く答えて、ホテル備え付けのメモ帳に自分個人の連絡先を記し、「じゃあ今日は本当にありがとう」とユンファさんよりも先にホテルを出た。――      そのあと、もちろんユンファさんからの連絡はあった。  その日の夜だった。俺が彼に連絡先を聞きあぐねていた理由に、個人的な連絡先にはしばしば本名を用いている人が多いので、本名を知りえない関係性の段階で聞くのは憚られる、というのがあったが――俺のそれは杞憂であった。彼がメッセージアプリに設定していた名前は、あの出会い系サイトで使われているものと同じ「(ユエ)」だったのだ。    ただ――『昨夜会ったツキシタです。昨夜はありがとうございました。次いつ会えますか』    と、初めてユンファさんから送られてきたメッセージでは、彼は「ツキシタ」と名乗っていた。  この通りかなり短いメッセージだったが、俺は何か彼が「ツキシタ」と名乗ってくれたことが嬉しく、メッセージを眺めながら微笑した。  もちろんユンファさんのその本名は、俺がああしてなかば無理くり聞き出したのであるが、しかしメッセージアプリの名前を「ユエ」と設定している彼は、彼のその「ユエ」の名しか知らない相手ともメッセージのやり取りをしているのであろう。俺の唇が笑んだ理由は、間違いなく優越感だった。      そうしてあの最初の夜から数日後、俺たちは再び会うことになった。もちろんお互いの肉体を目的とした夜の再会である。――そしてその次に会ったときも…次もまた…次も…次も……と、俺たちはそのように、まず重ね合わせる肉体から(ねんご)ろな関係を築いていった。      さて俺は最初の夜、一目惚れをしたユンファさんに幻滅をされないようにと、いわば誠実な男を演じてスキンを着用して彼を抱いた。    しかし次第に俺は、あの夜から継続してスキンを着用してきた自分を褒めてやりたいと思うようになった。――なるほど、これからもスキンの着用は続けよう。それの着用は継続してゆくべきである。いつまでといえばそう、それはユンファさんと俺が結婚をするまでだ。        なぜならこれは――「チャンス」だからである。          

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