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              「……はぁ…、はぁ……」    十センチほど開けられた扉の隙間から、うす赤い虚ろな顔をしているユンファさんが、俺のことを覗き見ている。彼はオメガ排卵期中の発熱に悩まされてか、薄く開けたその口で呼吸をしているばかりか、その火照った様子の顔にうっすらと汗をかいている。   「……、…」    俺はつい色っぽいその人の顔に見惚れてしまった。  いつもならば鋭く引き締まった印象がある彼の切れ長のまぶたは今とろんとゆるんでいる。  またその力なくゆるんだまぶたの下で、俺が「もしや泣いていたのでは」とドキッとしたほど潤んでいるその紫色の瞳は、かろうじて俺の顔に焦点があっているというようではあるものの、俺のほかに何か興味のあるものを見つけたなり――まるで蝶が次の花に華麗に飛び移ってゆくように――、その別の何でもないものをじっと見て(くすぐ)られたように笑いだしそうな危うさがある。  そしてその半開きの肉厚な赤い唇は、普段よりも赤くつやつとしている。  ――何より本人が目の前にいれば当然、彼の濃厚な完熟桃とそのバターのような匂い、彼のフェロモンは俺の目に涙がこみ上げてくるほど濃く香っていた。   「…はぁ…ソンジュ…、……」    ユンファさんもまた俺の顔をしばらくぼーっと眺めていたが、ややあってからその玄関扉を大きく開けた。  するとオメガ排卵期の症状がまともに出ていて辛そうな様子のわり、彼は黒い薄手のニットのハイネックに、黒いスキニーのダメージジーンズを穿()いてと、いつも通り普段着に着替えていることがわかる。――長めの首をおおう黒いニット、その薄手のニットに浮きぼりになっている彼のあさい胸筋、広い肩から徐々に細くなるその柳腰のライン、ひらたい薄いお腹、そして立派な骨盤からまた徐々に細く狭まってゆくその細長い両脚、……    黒いそれらはユンファさんの白皙(はくせき)をより艶めかしく映えさせている。彼によく似合っていた。――また彼の肉体の輪郭が黒く縁取られたかのようなそのジャストサイズの服は、いつにも増して俺に彼をとても色っぽく見せた(それは彼のフェロモンの影響もあったろうが、それにもましてこの服装は彼の細身によく似合っていた)。    ……しかし扉を大きくひらき、あたかも早く家の中へ入れというような彼のその振る舞いに、俺はあわてて首を横に振る。   「いや俺、すみません今日はもう帰りますね、実は今も帰ろうとしていたんです、…あ、あとそうだ、…()()が来ていらっしゃるのだから、危ないですよ、家の鍵はきちんと……」   「……ふふ…、……」   「……、……」    俺は絶句した。  ……ユンファさんが俺の言葉の最中にふと柔らかく微笑すると、まるで俺のほうにふらりと倒れこむよう、俺に抱き着いてきたのである。   「…はぁ…、…はぁ…ソンジュ…――?」   「……、…、…」    吐息まじりに俺の名を呼んだ彼は、俺の耳元で苦しそうに喘いでいる……頭のおかしくなりそうな激しい動悸、ドクドクドクと俺の耳の奥ではやし立てる自分の心音、俺の片手にある紙袋の取っ手が、ずる…ずる、ずると力の抜けた俺の指をすべってゆき――、   「来てくれて…嬉しい…――会いたかった…」   「……、…、…」    ――いよいよトサ、とその紙袋は地面に落ちた。  俺は目を見張った。俺の耳元に、信じられないほど甘い桃の香りの吐息が聞こえてきた。声というよりほとんど喘ぐように彼はそう言ったのだった。   「…ゆ、ユンファさん、…ユンファさん、?」    もちろん俺はわかっていた。  ユンファさんが俺に好意的なセリフを言ってきたその理由、もはや()()といって差し支えないその理由とは、間違いなく彼がオメガ排卵期中にもかかわらず抑制薬を飲んでいないせいだった。――しかし、それでも普段のにべもない態度と180度ちがっている彼のその甘さ、俺の愛する美男子の、まるで俺を愛しているかのようなその甘やかな態度は、俺のことを歓ばせるより先に動揺させた。   「どっどうし、…どうしたんですユンファさん、…」    しかし俺の動揺をよそに、ユンファさんが俺の耳元でへらへらとこう笑う。   「別に…? 排卵日来ちゃっただけだよーだ、えへへ…――ねえソンジュ…ムラムラする…? 僕のフェロモン、どう…、いい匂い…?」   「……、…ぇ、ええ、それはとても…、……」    甘えるように俺を誘惑してくる美男子の声、手みやげというある種の理性から解放された俺の両手は、そそられる気持ちのままに上がっていった。  ……彼を抱きしめ返そうとしたのである。だがすぐに、ここはさすがに拒まねばならないとハッとした。…今日は帰らなければならない――しかし、俺は肘を曲げた自分の両腕を上げたまま、固まっている。   「そう…嬉しいな……」   「……、ゆ…ユンファさん…?」    嬉しい――?  俺は一瞬、実は彼が彼ではないのではないか、という馬鹿みたいな妄想をした。   「…ユンファさん…お、俺に…? 会い、たかった、…んですか…?」   「……うん…」    と俺の耳元で、甘い匂いのそよ風のような軽やかな返事があった。彼のその返事はいつもの鋭さがない、どこか甘えたような声だった。――俺はドクドクドクと速く強く脈打つ心臓にわずかな鈍痛を感じていた。否応なしの興奮であり、否応なしに俺の陰茎もまた息衝(いきづ)きはじめている。   「…へへ…ソンジュも、排卵日の僕とえっちしたい…? 君の好きにしていいよ…――僕に中出し、してみる…?」    と俺の耳に熱い吐息をかけてくるユンファさんが、「君の赤ちゃん…出来ちゃうけどね…?」と妖艶な面白がったような声で言ってくる。俺はぞくぞくと戦慄(わなな)いたが、それでも精一杯こう言った。   「い、いけません…俺、これでもアルファで……」    俺は、太い静脈の張り巡らされた手の甲でさえ熱くむくんでいるような感覚がしたが、その震える両手でなんとかユンファさんの二の腕を押しかえした。すると彼は俺と離れたくないとでもいうように、もっと俺につよく抱きついてきた。   「……僕が知らないとでも思っていたのか…? ソンジュが、アルファだって……ふふ、知ってまーす。」   「……、…」    ユンファさんのその声は無邪気にふざけている少年のように柔らかい。正直、可愛いと思ってしまった。  だがなるほどこの状態のオメガ属とは、いわば酔っ払いのようなものなのかと(さと)った俺は、あえてそれを無視をしてこう質問をした。   「……抑制薬、ちゃんと飲みましたか…」   「ううん…」    案の定飲んでいないと、ユンファさんは甘えた声でそう答える。   「…駄目じゃないですかっちゃんと飲まないと、…家にはあるんですか? 不意に来てしまったにしても、…」   「ちがーう。ぜんぜん予定通りです…えへへ…、だから昨日休みだって、君に送れたんだから……」   「……、…」    予定通り――?  俺はなぜ、といぶかしく思った。  たとえば抑制薬を飲んでいないその理由が、予定よりも早く不意にオメガ排卵期がきてしまったというのであるのならば、それこそたまたま抑制薬を切らしてしまっていた――だから間に合わずにそれを飲めなかった――というようにも解釈できたが、しかしそうではないのなら、今まできっちりと抑制薬を飲んでいたユンファさんが、定期的な通院(あるいはオンラインでの受診)を怠るとも思えない。   「じゃあ何故飲まないんです…」   「…君は何でだと思う…?」   「……、とにかく、…家に抑制薬が無いならオンライン診療がありますから、確か都内ならば即日配達もしてもらえると……」    ちなみにオメガ排卵期もまた月経の一種とされている。――そして、当然人間の身体が自然原理で引きおこすものである以上、周期の乱れというものもある。  そのため不意にそれが来てしまうこともあるそうだが、その場合に便利なのが、俺の言っているそのオンライン診療だった。――要するにオンライン診療というのは、受診をするにおいて通院の必要がなく(家から出る必要がなく)、家にいたままスマートフォンやPCなどで医師とオンライン通話をするという形の診療である。    そして、もちろんさまざまな診療科の医師がオンライン診療専門のサイトに在籍しているが、そのなかでも避妊薬や抑制薬を処方してくれる総合産科(オメガ属の男女を含めた誰もが掛かれる産婦人科のような病院)や、泌尿器科の医師もまた数多く在籍している。  ――それも処方された避妊薬や抑制薬は当然急を要するため、即日配送、都内であれば即日配達も可能であるという。  ……しかし俺が真摯(しんし)にそのオンライン診療を勧めるも、ユンファさんはやや舌怠(したたる)い調子で、俺の耳元にこう囁いてきた。   「…面倒くさいからいいや…。ねえソンジュ、そんなことより“風俗”やってくれない…?」   「……、…、…」  俺は迷ってすぐには何も答えられなかった。  ――「風俗」というのは、いわゆる風俗店のことではない。…オメガ排卵期中のオメガ属は、否応なしにいちじるしく性欲が高まっている。そのオメガ属の性欲発散相手を勤めることを俗に「風俗」という。  ……ユンファさんは俺の耳にこう囁き声で続けた。   「…僕、今凄くムラムラしているから…――僕といっぱいえっちしよ…。えへへ、いっぱいいっぱい僕を抱いて……、今日は特別にナマでしていいぞ…? でも、その代わりめちゃくちゃにしてね……」   「……それは……いや俺、…ごめんなさい、それは出来ない…――」    しかし、やはり俺は思いとどまった。  ……それこそあの「悪魔の囁き」が強まるようなほど、俺がもうすでに甚だしい欲情をしていたからだ。これではやがて俺はユンファさんをどうしてしまうかもわからない、愛する彼を乱暴に抱いてしまうかもしれない、それこそ彼を妊娠させてしまうかもしれない、……いや、ともすれば彼を妊娠させるだけでは飽き足らず……――俺はやはり依然として早いところ帰るべきだと思った。何か間違いが起きてしまう前に……ただそうは思いつつも、俺はどうしても気がかりなことがあった。   「…ただ…その、抑制薬は…? 念のため避妊薬も…家にあるんですか、ないんですか、…何にしても早く飲まないと、ユンファさん……」    この状態のユンファさんを放置しては帰れない。  ……彼は酔っ払っている程度には気分が良くなり、判断能力もまたそれ相応に落ちているようだった。  それもまあ抑制薬をさえ飲めばいつものクレバーなユンファさんに戻れることだろうが、少なくともこの状態の彼はそれを飲もうとも思いつかないような――いや思いつかないというよりか、オメガ排卵期を迎えているオメガ属は楽天思考になりやすい。    そのためこのままでは「別に飲まなくても大丈夫」だとか、そういった思考になってしまう――いや、むしろそれだから今もなおその抑制薬を飲んでいないのではないか、今も「面倒くさいからいい」などと言っていたくらいである――そうして正常な判断ができないユンファさんを置いては、とても心配で、…少なくとも彼が抑制薬を飲む姿を見届けるまでは帰れない。  ……何を仕出かすかわからないからである。    しかしユンファさんはゴロゴロ喉を鳴らして甘える猫のように、俺の片頬や耳あたりに頬ずりをして、へへ…と笑った。   「…ソンジュが“風俗”やってくれないなら…いいよ、他の人とえっちしちゃおう…――このまんまフェロモン垂れ流しで街歩いて…、知らない人にどこかに連れ込まれて…――無理やり犯されて、中出しされて……きっと知らない人に孕ませられちゃうね、僕……」   「……それは…駄目…。とにかく質問に答えて。抑制薬はどうしたんですか…? 家にはあるの、ないの。」    なかば彼に脅された俺だが、とにかく根気強くこう問いただす。しかしユンファさんは「しつこいな」とうざったそうに言って、こう冗談を言いながら、ニコニコしたうす赤い顔を俺に見せてきた。   「ソンジュが飲むのか? 君には必要ないだろうに、君そんなに抑制薬なんか飲みたいの? ふふふ…」   「……はぁ…、……」  ため息がもれたが――とにかくここは酔っ払い相手相当の根気が必要だと、俺は努めて冷静にこう返す。   「そんなわけないでしょう、勿論貴方が飲むんです。…家の中にはあるの」   「ある。」    とユンファさんのツリ目がニヤリと悪ぶって細まるが、その顔はどこか悪戯な子供のような笑顔である。   「……多分、どっかにね。…まあどっかにはあるんじゃない、あはは…」   「笑っている場合ではない。」   「…大丈夫大丈夫、どうせ一週間くらいのもんなんだから、そんなの飲まなくてもそのうち勝手に収まるよ」    ユンファさんはやけにニコニコしながら、事もなげにそう言い放った。   「……、…」    なるほどこれが例の「楽天思考」というやつか、と俺は思った。――話にならないというか、やはり酔っている人のように、やけにのらりくらりと真剣な話を(かわ)されてしまう。…しかし一方の俺はこの件でまさか引き下がれるはずもなく、極めて真剣にこう言う。   「その一週間に何かあったらどうするんです。」   「…まさか…僕のことを心配しているの、ソンジュ」    というユンファさんは、ふわりと花がほころぶような柔らかい微笑を浮かべている。その微笑みはとても綺麗だったが、俺は呆れていた。   「当たり前でしょう…」   「…へへ…本当…? 嬉しい」   「……、…」    ユンファさんのその笑顔は媚びたようではない。  本当に嬉しい、と目を細めて笑っている人の笑顔だった。ズキ、と俺の胸が痛んだ。   「…でも、なんで僕なんかのことが心配なの…?」    とにこやかなままユンファさんが首をかしげる。  俺は眉を顰めた。   「…なんか、ですって…? 当たり前でしょう、俺は貴方を愛しているから…――というかそれ以前に、貴方は今、ご自分が思っているよりも危険な状態で…」   「…悪いけど、全然危険じゃないね」   「は…? 危険に決まっているでしょう、…」    俺は険しい声を出してしまったが、ユンファさんはそれに臆するでもなく、その笑顔を傾けたままこう答える。   「…僕は別に犯されても、孕まされても、殺されても構わない。…こんなに幸せで…ふわふわしてるうちに全部終わってくれたら、幸せじゃん」   「……、…」    俺は胸が詰まって何も言えなかった。  それは要するに、普段から貴方は……「もう死んじゃいたい…」――俺の耳に、彼のすすり泣くような声の幻聴が聞こえた。  俺が茫然としているうちに――ユンファさんが俺の首筋へ、その高い鼻先を寄せてくる。   「……ん……それにしてもソンジュ、いい匂いだね…。君の匂い、もっとえっちな気分になっちゃうな…――早く君とえっちしたいな……」   「……ぐ、…」    ……しかし呑気だが、正直それは可愛すぎる。  俺の首もとをくんくん嗅いで、「いい匂い」と嬉しそうに言って、極めつけは「もっとえっちな気分になっちゃう、早く君とえっちしたい」である。  愛する美男子にこんな可愛いことを言われてされて、俺が変になりそうなほど揺らがないはずがなかった。   「……、…――ふぅーーー…っ」    しかし俺は自分を律する大息(たいそく)をついた。……どっか、か。――仕方がない。    どちらにせよいつまでもこの玄関の外にいるわけにもいかない。ユンファさんの抑制されていないフェロモンの芳香がこれ以上広まってしまえば、ともすると、それこそその匂いに気がついた悪漢がこの人の家に押しかけて来ないとも限らない。   「…とりあえず家に上がらせてください。抑制薬は俺が探しますから」   「…うん、へへ…いっぱいえっちしよ…」    とユンファさんが俺の耳に囁いてくるが、俺はひとまず今日のところは断固としてユンファさんを抱かないと決意している。   「…違う。俺は今日はしません。…抑制薬を見つけて、それを貴方に飲ませたらすぐに帰ります…」   「嫌だ…、帰らないで……」    しかし俺に強くしがみついてきたユンファさんが、むずかる子供のようにイヤイヤと首を横に振る。   「…じゃあせめて抑制薬を…」   「飲みたくない…、絶対に飲まないから…」   「駄目。何を言っているの、…」    俺はすぐに彼を叱ったが、ユンファさんは「だってさ…」と朧げなささやき声で言う。   「…だって…これなら何にも考えなくていいだもん…。飲まなかったらずっとふわふわで、ずっと幸せでいられるんだもん…。(ヤク)キメなくても、いつもよりもっと馬鹿になれちゃうんだよ…? だから寂しいとか…こわいとか…いまはなーんにもなーい…。えへへへ…すごい幸せ…――ソンジュも来てくれたし……」    さらにユンファさんは嬉しそうに微笑んだような声で、俺にこう囁いた。   「ねえ…来てくれてありがとね、ソンジュ…――凄く会いたかった…、嬉しい……」   「……、…、…」    俺は胸が張り裂けそうだった。  ――貴方は馬鹿だな、…なぜ誰にも頼らない、なぜ誰にも助けを求めない、それらに理由など要らないというのに、貴方はなぜ……ユンファさんが愛おしい。だというのに切ない。悲しい。なぜか俺が苦しい。  ――俺はユンファさんの背中をそっと抱き寄せた。   「…ユンファさん…」   「だから帰らないで…、お願い、ずっと側にいて……」    とユンファさんが俺の肩に目元を押しつける。   「……勿論、…っ勿論だよ、…当たり前じゃないか、貴方の側にいるよ、…俺はずっと側にいるよ、…」    俺は彼を強く抱きしめながら、泣きそうだった。  もう帰れない。ユンファさんを置いて帰れるはずがない――俺は初めて彼に甘えられた。嬉しかったが、切なかった、悲しかった。    理由がなければ、オメガ排卵期が来ていなければ人に甘えられない――仕方がないから、だってオメガ排卵期が来てしまっただもん、僕は今馬鹿なんだもん、だから仕方がない、誰かに甘えても仕方がない――そうして誰かに甘える理由付けをして、その期間だけ自分の甘えを自分に許して、…そのときだけは何とかそれを自分に許せても……。    それが過ぎたら貴方はまた冷たい顔をして、何を奪われても、どれほど傷付けられても、『何てことない、痛くも(かゆ)くもない』と平気そうに言うのでしょうね。――『僕は平気だ。何も要らない。誰にも愛されたくない。誰かに頼るほど僕は弱い人間じゃない。何かに縋らないでも僕は一人で生きてゆける。』と、貴方はみんなに鋭い目をするのでしょう。…貴方はそうして監視するように自分を睨みつけるのでしょう。      ――やはりユンファさんは一人にしておいてはいけない人だと、俺は強く確信した。     「…今日だけでいいから…」とユンファさんが、俺の肩に顔をうずめたまま、切ない泣きそうな声で言う。   「…一週間ずっととか言わない…。明日朝がきたら、帰っていいよ…――だから今日だけは側にいて…、何となく…君の側にいたい気分、なんだ……」   「…ユンファさん…俺、帰らないことにしました。ね…、だから安心して……」    俺はユンファさんの後ろ頭をぽん…ぽん…と優しくたたく。――しかし――彼は大人に我儘(わがまま)を言えない子供が、限界がきてついポロリとそれを言ってしまったことを後悔したかのように、「いや…」と続ける。 「…やっぱり、…帰っていいや…――僕はどっちでもいい…、君が帰りたいなら……」   「帰らないよ。俺が帰りたくないんです。…何なら、一週間ずっと貴方の家に居てもいいですか。――まあ…何にしてもとりあえず…お家に入ろう。ね…?」    俺は泣いている子供をなだめるように、彼の背中をやさしく撫でさすった。――しかしユンファさんは泣いている震えた声で、「お願いソンジュ、…」           「……僕を、一人にしないで…――っ」             

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