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                 俺はユンファさんが着ている黒いTシャツを彼の胸のうえまでたくし上げ、その人の体のうえでちゅ…ちゅ…と唇を軽快にはずませていたが、さなかにいざ彼の下腹部にある青紫の痣を間近に見てしまうと、喉もとまで「体に傷や痣ができるまでの行為はやめたほうがいいんじゃないか」という言葉がのぼってきた。   「……、…」    もちろん俺が先ほどまで口づけていた彼の流れるような長めの首、その部分の生白い肌にも首を絞められた手の痕が生々しくのこっていた。  ……しかし俺は「やめたほうが…」という言葉をすんでのところで飲み下した。彼の趣味に水を差すべきではない。  ましてや俺はユンファさんの彼氏ではなく、明確な定義をしていえばお互いの肉欲の発散を目的とした関係性、すなわち彼のセフレのうちの一人でしかなかった。  ――すると俺は彼に「こんなことはもうやめたら」などといったお節介を言える立場でもなければ、何より、似たような嗜好をもつサディストの俺がそれを言うとは笑止である。    そうして俺はそれを口にはしなかったが――そのかわり――俺がユンファさんの骨ばった白い手首にのこる、その紅い縄のあとにキスをしながら「痛かったでしょう…?」と言うと、彼は目を伏せた面倒そうな顔をした。   「……別に」   「…薬塗りますか…? とはいえ、(うち)には消毒液くらいしかありませんけれど……」    しかしユンファさんは不機嫌こうにこう言った。   「…面倒だから、そういうお節介はやめてくれる」    そして彼はつと俺を億劫そうな切れ長の目で見やり、こう俺の心配を断じる。   「…僕が好きでやっていることだ。ソンジュにお節介を焼かれる筋合いはない。」   「……それは…その通りですね…、……」    しかし俺のこれは純然たる心配だった。  ――たしかに以前の俺にもマゾヒストに対して興奮から多少やりすぎてしまうことはあったが、とはいえ、さすがに「殺されてしまうかもしれない」とマゾヒストが危機感から逃げ出すまでの加虐は、あきらかにサディスト側の越権行為である。   「…ですが……」    ところが俺のこの心配を拒むように、彼は俺を馬鹿にしたようなうすら笑いを浮かべてこう遮った。   「手首と足首を纏めて縛られて…身動き取れない、まんこを閉じることも隠すことも出来ない状態で、オナホみたいに雑にまんこを使われる気持ち良さ……君にわかる…?」   「…いいえ」    俺にその()さなどわかるはずがなかった。  そもそもそのようなプレイの善さがわかるわからない以前に、俺はユンファさんとは真反対のポジションにあるバリタチのゲイである以上、まず男の勃起を受け入れるその善さから体感ではわかっていない。  ……ユンファさんは「だろうね」と鼻で笑う。   「…さっき会ったばかりの男に、“お前なんか所詮オナホなんだよ”とか罵られながら、有無を言わさずまんこ使われて…十人以上の男たちに代わる代わる中出しされたの。――段々疲れてきてまんこが緩くなってくると、“もっとまんこ締めろよ”ってケツ叩かれたり、乳首(つね)られたり…窒息寸前まで首を絞められたり、腹パンされたり、タライの水に顔沈められて溺れさせられたり…ボコッボコにされた。」    ユンファさんはこれを言うとき、何か自慢話でもしているかのような、やけに俺をその切れ長の目で見下した揚々とした微笑を浮かべていた。   「…あと喉奥までちんこ突っ込まれて腰振られて、髪掴まれて、頭(たた)かれて押さえつけられて、オナホ掴んでいるみたいに首を掴まれたりね…――」    ふとユンファさんの切れ長のまぶたが伏せられ、彼は妖しい恍惚の眼差しを斜め下へ向ける。   「ほんと、感情めちゃくちゃになって…気持ち良かったな……。はぁ……下らないプライドとか意地とかぜーんぶぶっ壊されて、自分が(みじ)め過ぎて、何回も何回も泣きながらイっちゃった……」    どうもユンファさんはこれによって俺を威嚇しているようであった――自分の変態的な側面を俺に露悪(ろあく)的に明かすことで、どうも彼は俺の恋心を殺そうとしているようだった――が、   「…そうですか」  しかし俺は平然とそう答えた。  俺はそういったマゾヒストをよく知っていた。むしろあらゆるマゾヒストが自分の手によって、そのような被虐的な絶頂を迎えている様を俺は幾度となく見てきたのであった。したがって、ユンファさんのその告白は俺にとって驚くべきことでもなければ、彼に幻滅をするような程度のことでもない。  ――ところが俺のそうした過去の遍歴を知る(よし)もないユンファさんは、はたと怪訝(けげん)な目で俺を見た。   「……、…」    ……しかしややあって彼は横を向き、寝室の窓辺を眺めながら――十センチばかり開いた黒いカーテンの隙間からのぞく水滴のついた窓ガラスの外、雨が降りしきるその外をながめながら――、   「…ソンジュもしてみる…?」    と少し俺をからかうような妖艶な笑いをふくませて言った。その人の顔は笑っていない。まるで俺のことを試すような、あるいは俺がもしや本格的なサディストなのではないかと確かめるような、このときの彼からはそういった思惑が感じられた。 「…え? してみるって……?」    しかし俺はわかっていてこうとぼけた。  ここで彼の疑惑の通り、俺が本格的なサディストであると彼に露呈してしまった場合、ならマゾヒストとサディストなんだからと、結果ユンファさんともSMプレイの関係性にもつれ込みかねない。  ――俺がユンファさんとの関係で望んでいるのは、間違ってもそういった刹那的な特殊な淫楽を突きつめる関係性ではなく、真剣な交際関係、もっといえば、俺は結婚を前提にした真剣交際の関係を彼に望んでいる。…ここで俺が本当はSMプレイに通暁(つうぎょう)した男と知られては、その本懐を遂げられない。    ……ということで知らぬ顔をした俺に、ユンファさんはわかっているくせに、というようにふっと鼻で笑うと、 「拘束、物扱い、首絞め、イラマ、腹パン。…お望みならばそれ以外のどのようなプレイでもどうぞ…?」   「……、…」    俺はゴクリと喉を鳴らしたが、ユンファさんの白い胸に唇を触れさせ、下へ向かうなかでちゅ…ちゅ…と唇を弾ませながら彼の腰まわりを撫で回し、要するに何も答えなかった。    ――白状すればそのとき俺の牙は(うず)いていた。  ……俺がその美しい首を絞めたなら、俺が勃起をその喉の奥まで押し込んだなら、俺がこのひらたい下腹部に拳を沈めたならば…――俺が与えるその暴力的な(はずかし)めに、この冷徹な美男子のそのにべもない冷ややかな美貌はどのような色形に変わるのか、苦惨(くさん)と苦痛に歪むのか、笑うのか、恍惚とするのか、泣くのか、それとも俺を睨みつけるのか――俺はにわかにそうしたサディスティックな好奇心を唆られたが、しかしユンファさんにだけは自分のその嗜好を押し通さないと決めていた。  ……さてユンファさんの足首のほうにもたしかに、手首ほどではないにしろ紅い縄のあとが残っていた。俺はその擦り傷のような(あか)に口づけたあと、彼の蒼白い男の足の甲にちゅっとキスをした。すると彼のその足の筋がぴくと小さく跳ねた。   「……、…君、僕を何だと思っているんだ」    とユンファさんが尖った声で言う。   「僕はお姫様じゃないんだぞ…。もはやさっきの話を聞いていたのかさえ怪しいな…――僕は救いようのない変態マゾヒスト男だよ。…間違っても王子様の真実の愛のキスなんざ望んでもいなければ、むしろそんなもん糞の役にも立たないと……」   「ふっ…勿論ユンファさんは俺の愛しい王子様だよ。…ね…誰よりも美しい俺の王子様。……」    と俺は、服従するように彼の桃色の爪の腹にキスをし、そのつま先にもキスをした。   「…馬鹿馬鹿しい…寒いんだけど…」   「……冷房切りますか」    俺は知らんぷりをしてそう返した。  ……ユンファさんは黙り込んだ。――      俺はさんざんユンファさんの全身にキスをし、前戯だけで一時間はかけて殊更(ことさら)あまやかすような愛撫をした。――すると彼は口をひらけば常に不機嫌であるかのような、愛想のないかすれた低い声で俺に嫌味や文句をいい、俺に冷たい態度を取ってばかりであった。    しかしそのわりに…俺がじっくりとその白い体中に舌を這わせ、ちゅ…ちゅ…と軽快なキスをしてやると、少なくとも彼の体ばかりは敏感に反応をした。  俺が舌を這わせればその部分の皮膚をぞくぞく…と粟立たせ、ぶる…とふるえ、ちゅ…ちゅ…とキスをしてやれば時折ぴく、ぴくと肌の下の筋肉を収縮させる。――そしてユンファさんの全身は、性感帯らしい性感帯に俺が行きつくその前にも、うっすらとあわい薄桃にそまっていった。    ちなみに…俺がユンファさんの雪のように白い内ももにキスをし、唇でかるくついばみ、その(こと)にやわらかい肌につーと舌をはわせていると――。   「……ッ!♡♡ やめっィ……ッ!♡♡♡」    ビクンッと腰を反らせ、俺の頭頂部に指先を触れさせてきたユンファさんは、俺の頭を挟んできたその内ももをぶるぶると震わせた。――全く素直ではない人である。要するに内ももだけでまた彼はイッたのであった。…あの冷徹な美男子がこれほどまでに感度の(いちじる)しい肉体をもっているとは、まったく凄まじいほどの蠱惑性である。    さて……挿入の折ともなると、ユンファさんの体は、もはや俺にすべてを(ゆだ)ねるように力が抜け、俺を受容することに完全な悦びを示すよう、ほのかな薄桃と艶めかしい光沢の甘味を帯びていた。  ――俺はこのときもまたきちんとスキンを着用し、仰向けになって脚をひらいているユンファさんの膣口にそれの先端を押しつけた。  そして「挿れますね…」と声をかけながら、ぐうっと腰を押しだす。   「……んっ…!♡」    するとユンファさんがぎゅっと目を閉ざし、その秀美(しゅうび)な黒眉を悩ましげにひそめながら、斜め下へ顎を引く。――彼の表情は苦しげな風にも見えるが、これは単に彼が感じているだけだった。  なぜならこの頃には、もうあの最初の夜のような難儀(なんぎ)はなかったからである。    あの夜から幾度となく俺たちは慇懃を交わしてきたが、それも一度会えば絡まりあってなかなか解けない紐のように、お互いのほどくべき結び目を見失いがちであった。……要するに会えば一度や二度通じるだけでは済まなかった俺たちの肉体は、するとこの頃にはもうすでにお互いの体の凹凸(おうとつ)に馴れてきていた。それだけの回数を()ていたのだから当然である。    ――ともなればこのときも、にゅぷっと俺の桃色の薄皮に染まった太い亀頭は案外たやすく彼のちいさい膣口に呑み込まれ、その後も俺の幹はぬぷぷぷぷ……とみるみるうちに吸い込まれるよう彼のなかに呑み込まれていった。なお驚いたことに、十人あまりの男を受け入れていたというわり、彼の膣は普段より少しやわらかいかなという程度にしかゆるまっていなかった。    そうしてにゅるにゅるとやわらかい熱い肉をかき分けて進む俺に、斜め下へ顎を引いているユンファさんの、俺から見てやや斜めからのその綺麗な鼻の高い横顔は――。   「……は…、…ぁ…♡ ………っあぁ……♡♡」    そっと苦悶げに眉をひそめ、ぎゅっと目をつむったままのわり――目元ばかりは険しいが――こと彼の赤い肉厚な唇は恍惚とした指一本のひらき具合で、力の抜けた甘い声をもらしていた。とてもじゃないが先ほどまで減らず口をたたいていた男の声とは思えないほど、まさに嬌声と聞こえる愛らしく上ずった声だった。 「…はぁ、…はは、…もうちょっとで全部入っちゃいそうだな……」  と言う俺の勃起は、実際あともう少しで根本まで納まりそうだった。しかしひとまずの極地まで到達した。――俺はユンファさんのひく、ひくと時折跳ねる白い下腹部を愛おしく撫でる。   「ユンファさんのここ、だんだん俺の形になってきましたね…」   「……っ♡」    ビクッと彼の下腹部がへこむように収縮した。  それは図星を突かれてきまり悪いような驚きだったが、ともなって彼のなかもきゅっと俺を一瞬圧迫した。――俺はふふとその可愛さに笑いながら、ユンファさんにキスをしようと前のめるが、その前に彼は俺を睨み上げてくる。   「…僕をガバマンにしやがって、このデカチン。…僕が仕事出来なくなったらどうするんだ、これでもこのまんこで飯を食っているんだぞ…」   「…すみません。けれども、勿論俺は責任を取りますよ。…」と俺は彼に微笑みかける。   「…もし俺のせいで、貴方の体が、もはや俺しか気持ち良く出来ないように作り変えられてしまったというのならば……是非(ぜひ)俺と結婚をしてください。勿論俺には貴方を養うべき責任がありますし…何よりそうともなれば、貴方はそれこそ俺のものになるしかありませんよね。――ふふ…むしろ、早くそうなればいいのにな…。早く俺にその責任を取らせてくださいよ、ユンファさん…」   「チッ…誰が。ふざけるな」    しかしユンファさんは白々とした半目で俺を見ながらそう言い、果てには「馬鹿じゃないの君」とツンと横へ顔をそむけた。   「…というか、そう言うなら(なま)で挿れたら。…これじゃソンジュのちんこの形じゃなくて、ソンジュのゴム付きちんこの形にしかなっていない。」   「…それはそうでしょうけれど……スキンを着けるというのは、いわば俺のユンファさんへの愛情表現の一つなんです。」    するとユンファさんはふんっと高飛車に鼻をならし、俺を見ない狼のような鋭い呆れた横顔でこう言った。   「それは愛じゃない。…動物は交尾をするときにまさかゴムなんか着けないだろ。…あくまでも愛というのは本能なんだから――それは愛じゃなくて、君の単なるエゴだ。」   「……そうでしょうか。」    俺はしかしそれには異論ありと、とはいえそのわりに穏やかな声でこう言う。 「…俺はユンファさんが困らないように…貴方を苦しめないように、貴方にお手間をかけさせないように…スキンを着けているんです。――相手を妊娠させたいというのばかりが愛ではないでしょう。むしろ望まない妊娠はその相手を苦しめるものです。…ましてや動物なら応じる応じないのサインが明確ですが、人間の場合はその辺りのサインがもっと複雑で曖昧ですからね」    たとえば猫なら、発情したメス猫の声に引き寄せられてきたオス猫であっても、そのメス猫が相手のオス猫を気に入らなかったなら――このオス猫とは交尾をしたくない、このオス猫の子孫を産みたくないとメス猫が判断したなら――、メス猫はちょんと座って性器をかくす。そしてその「NOのサイン」は絶対なので、オス猫はどれだけ発情していてもおめおめその場を去る他にはない。    しかし人間の場合はもっと複雑で曖昧である。  激しい抵抗や、相手をねじ伏せようという無理強いの力がともなう強姦の場合はもちろん除いて、パートナー間においても望んでいる望んでいないというのは割とわかりにくい。ことヤマト人はパートナー間においても、性について話し合うというのを避けてしまいがちである。――そのために、本当は気分ではないが、相手に悪いからというので応じてしまう人も少なくはない。また人はいろんな意味で嘘をつくこともあるのである。   「そもそも…」と俺はユンファさんの横顔に唇を寄せ、その頬にちゅっとキスをする。   「…人間のセックスは…子孫を残すという目的のほかに、一種のコミュニケーションとしても機能しているでしょう。――つまり、俺は貴方を愛しているから…」   「何にしても」  しかしユンファさんは俺の話をうんざりとした横顔でさえぎる。   「別に君がゴムを着けようが着けまいが、僕は何を思うわけでもない。…僕がそれで君に大切にされているだとか思うと考えていたならお生憎様、僕にとってはそんな0.何ミリ、あってもなくても同じことだ。」   「……ふ、そうですか。」    だとしても俺は着け続けると自信満々に笑った。  ユンファさんはその横顔の仏頂面を変えずにこう言う。   「…それに…僕は毎回毎回馬鹿真面目にゴム着けるようなつまらない奴より、もっと僕を束縛してくれる刺激的な男の方が好みだね。…そうやって僕に執着してくる男を手酷くフッてやるのが快感なんだ。」    俺は「なるほど」と明るい声で言った。  ……そしてコツンと彼の奥を突いた。   「……ん、♡」とユンファさんが眉を寄せる。   「…つまりユンファさんは、馬鹿真面目な俺のことなんかどうでもいいんでしょう…? それなら、いつものように可愛い(とろ)け顔をしたら駄目ですよ……」    俺がこう言うと、ユンファさんは「は?」と不機嫌そうな顔をして俺を睨む。   「するわけがない。というかいつもだって別にそんな顔はしていない。…ソンジュが気色悪い色眼鏡で僕を見ているだけだ。」   「……そうかもね。ふふふ……」    では……俺はまず、十センチ足らずの範囲を何度も何度も速く行き来する。――するとパンパンパンと俺の恥骨と彼の臀部がぶつかり合う音とともに、ぐちゅぐちゅぐちゅと彼の膣がかき回されているような淫らな音が鳴る。   「…んぁ…!♡ ……あ…ッ!♡ …あ…ッ!♡ …あ…ッ!♡」    すると悩ましく眉をひそめ、その美しい切れ長の目を細めたユンファさんは、俺にゆさゆさと揺さぶられるそのよすがに白いまくらの端を両方つかみ、   「…あ…っ♡ あっ…♡ や、声、我慢出来な……っ?♡ なんで…あっ…?♡ あっ…♡ あっ…♡ だめ…だめィく…♡ もうィく…♡ ぁあ…っ♡ あ…――っ♡」    と喉を反らせるとぎゅっと目をつむり、顰めた眉の眉尻を下げ――ん、と赤い唇をむすび、ぐっと腰の裏を浮かせて――俺の腰にその両ももをコツンとぶつけてきた。なお、絶頂の一途を駆けてゆくそのさなかのユンファさんにこうした癖があるとは、このときの俺もすでに知っていた。  ……ましてやユンファさんの肉体はこの日、俺にじっくりととろ火で(あぶ)られるような愛撫をされて、より感じやすいように高められていた。そうしたわけで、彼の肉体は早くも登り詰めようとしていたのである。      

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