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「……、…へへ……」
ふとユンファさんの唇が離れた。
彼は十センチほど俺の顔から顔を離して、俺のことを色っぽい優しげな眼差しで見下ろしてくる。
「…さあソンジュくん、お口を開けてください…? 甘くて美味 しい僕の唾 、特別に飲ませてあげよう……」
「……、は、はい…、…ぁ……」
俺は自分の額の裏にしびれる屈辱の快感に困惑しながらも、かといってここで強いてこの美男子に逆らう気も起きず、ユンファさんの慈しみの微笑を見上げたまま、ためらいがちに控えめに唇を開けた。――しかし意 図 を彼に明言されている俺は、困惑しているくせに、ゆるまった舌先を少し下の歯にかぶせる。
「…はは…いい子…。………」
するとユンファさんがまるで素直な子どもを褒めるように甘く目を細め、やがて彼の肉厚な赤い唇が薄くあけられる。その上下の唇のすきまから、たー…と俺の開かれた口のなかへ向けて、彼の透明な唾液が細い糸のようになって垂れてくる。
……ぽたり、そうかからず俺の力の抜けた舌の上に、彼の熱い唾液が落ちてきた。その瞬間俺の味蕾 に浸透する桃の果汁のかすかに渋味のある甘味、そして香る桃の果実の甘い芳香は、しかし普段よりか若干その味と香りが濃縮されたように濃く感じられる。
「……、…」
そしてそのさなか、ユンファさんは色っぽい伏し目で俺の口もとを眺めている。――彼は残りの唾液を押しだすように桃色の舌を赤い下唇に少しかぶせ、そうしてひとしきりの唾液を俺の口内へ流しこみ終えたなり、その濡れた艶のある赤い唇の上下をゆるく合わせて俺の目を見、にこっと俺に笑いかけてきた。
「…さあどうぞ…僕の唾をお飲みなさい、青年…?」
「……、…」
……口を閉ざした俺は、ユンファさんのそのやわらかい弧 を描 いた切れ長の両目を見つめながら――この美男子の唾液を、俺は今…と背徳の興奮を覚えつつ――ゴクンと喉を鳴らし、正真正銘美味なユンファさんの唾液を飲み下した。
ところで俺は今、今の自分がにわかには信じがたくなっていた。
普段ならむしろ自分のほうが少々いじめているユンファさんに、逆にいまは自分が少々いじめられていたというのに――彼のそのややサディスティックな責めに対して、やけに今の自分がおもねていることもそうだったが――普段の俺ならばここでムカッとくるだろうところを、なぜか今の俺には癪 に障 ったというような感情がない。
「……ふふ…、僕の唾、美味しかった…?」
とユンファさんが俺を褒めるように、俺の頭をなでなでと撫でてくる。
「…ぅ、うん…、まあ、はい…甘くて……」
事実オメガ属のユンファさんの唾液は甘く、さながら桃の果汁の味と香りがするそれは、桃が嫌いというわけでもなければ誰しもが美味と感じるものである。
……とはいえ…俺はその唾液の味がどうとかというのより、いま自分が覚えている滾 るような興奮に自分で困惑していた。
これは「甘やかされる」というのの範疇なのかどうか……自分で口を開けたくせ、俺は今まさか上からユンファさんに唾液を飲ませられるとは、と、かすかな屈辱の痺れを額の裏に感じつつも――しかしその痺れのなかには確実に、自分のサディストとしての信義を我ながら疑うような興奮が喜ばしいといわんばかりに賑わっている。…こうして俺の中にはにわかに、いささか葛藤の濁り気のあるマゾヒスティックな歓びが生まれているのだが、しかし、我ながらその歓びの取り扱い方がまるでわからない。
「…オメガの甘い唾はみんな好きだからね、はは…、飲ませてやるとみんな興奮するんだよ…、……」
と言いながらおもむろにユンファさんが俺の首筋に唇を寄せ、そこを熱いやわらかい濡れた唇で食んだり、にゅるにゅるとしたややざらつきのある熱い舌で舐めまわしたりしながら――先ほどよりもお尻のテンポを速めてそこを上下させる。すると、ぱちゅぱちゅぱちゅと俺の恥骨と彼のお尻が軽く触れるたび音が鳴り、彼はそのさなかも両手を休ませることなく、俺の両胸を撫でまわしている。
「……ぅ…っ、……」
俺は迫りくるあまりの快感に顎を上げてうめいた。
……いやしかし…なるほどユンファさんは、仕事――ウリ専――でこういったテクニックを駆使して客の男らを歓ばせているのか。たしかに彼が売れっ子となるのは納得である。彼はその美貌とテクニックと体で客の男らを虜 にしているのだろう。…なんて思考を強いて働かせなければ、俺は今にも射精しそうだ。
「…ぁ、♡ はあイく…っ♡ …ん、ンん……♡♡」
しかしそこでユンファさんの唇と手、お尻の動きがピタと止まる。なお彼は俺の首筋に唇、俺の胸に両手、そして俺の股間にお尻を留めたままである。
彼がふっと息を止める。ぎゅっぎゅ…と彼の膣内が狭まってはゆるみ、俺のうえで彼のお尻がビクビク、ビクと跳ねている。
俺は嬉しくなって「はは…」と笑った。
例の葛藤はともあれ、俺の愛する美男子が俺と同時に気持ちよくなってくれていたということを示すこの絶頂には、甘く嬉しい興奮が俺の胸の中をいっぱいに満たし、俺の胸を満たしたその熱い甘露が俺の目にもじわりとにじむ。
俺の首筋に触れているユンファさんの唇がこう照れくさそうに動く。
「は、…へへ…ごめん、僕がイッちゃったよ…。はぁ…気持ちいいから、ソンジュのおちんちん……」
「可愛すぎ……」
こう言うと、いつもならば俺は彼の切れ長の目に睨まれるところだが、そう――今のユンファさんは「へへ…」とどこか照れくさそうに、しかし嬉しそうに笑い、彼は俺の胸をまた撫でまわしながら、俺の唾液に濡れた首筋にひりつくようなほど熱いささやき声をこう吐きかけてくる。
「…えっち気持ちいいね、青年…。このままじゃ君、僕の体の奴隷になっちゃうかもしれないよ…。きっとソンジュ、僕の体に溺れちゃうね…――もう…やめとく…?」
「…何を言っているの…? 俺は…」
もうすでに貴方の奴隷だ――と俺が続ける前に、それを遮る形でユンファさんが、俺をからかうように艶笑 をふくませながらこう言う。
「だって、もうやめておかないとソンジュ…きっと僕に依存しちゃうぞ…。いいの…?」
そしておもむろにユンファさんが俺に顔を見せ、色っぽい濡れた眼差しで俺の目をじっと見下ろしてくる。俺はその人のその濡れた紫の瞳をまっすぐに見つめかえす。
「…いいよ。というか…悪いけれど俺は、もうユンファさんに依存していますから…――正直もう手遅れ…。俺はもう貴方の奴隷です……」
実際そう言って過言ではない。
およそ俺はもうこの美男子なしには生きてゆけないことだろう。以前はあれほど楽しかったマゾヒストたちとの遊戯が、今の俺には何の悦びをも与えなくなってしまっている。あの過去の数々の色あせた熱帯夜はやがてそのまま燃え尽き、灰となって、いつか俺の中から跡形もなく消え去ってゆくのだろう。
しかしその死の傍らには鮮やかな生があった。
生と対比すれば当然死は色あせて、恥ずかしげに無味乾燥のその灰色の背を俺に向ける。
俺がユンファさんと過ごすさまざまな時間は、たとえそれがどんな形のものであれ、――まさに今このときのように――それが俺の未知の世界に踏みこまざるを得ないようなものであろうとも、俺に確かな生き生きとした潤いのある幸福を与えてくれる。
「俺はやっと生涯を懸けて守りたい幸せを見付けたんだ。俺の幸せはそう…ユンファさん、貴方です。」
「…ふふ…それはどうかな…? ……」
しかしユンファさんは微笑したままながら眉尻を下げると、にわかに俺の唇にその赤い唇で噛みついてきた。
「…ん、…」
にゅるんと彼の舌が、俺の上下の唇の隙間から侵入してくる。…俺の唇を上下ともにそのやわい熱い舌で撫でながら、俺の口内へその舌を差し込んではすぐにゅるっと引き、また俺の口内ににゅるんと舌を差し込んではにゅるっと引く――そうして彼は俺の上下の唇をその舌で愛撫し、ときおりちゅる…と唇や、応えようと差し出した俺の舌を甘く吸ってくる。
そのキスと同時に、彼の片手のひらは俺の片耳から頬を撫でまわし、もう片手は俺の上半身の肌を撫でまわしている。――ぬちゅ…ぬちゅ…ぬちゅ…とまた動きはじめたそのお尻の上下の動きは、中庸な一定のテンポを刻んでいる。
「…んん…」
と俺が喉の奥で低くうなると、ユンファさんが唇を離し、「…はぁ…っ」と甘い桃の香の湿気 たため息を俺のぬれた唇に熱く吐きかけ、
「……へへ、もっと気持ちよくしてあげるね…、……」
と言って、後ろへ腰を引いてゆく。
そして彼は上体を起こすと、俺の股間のうえにがに股でまたがり、俺の両方の乳首を人差し指の先で転がしながら、タンタンタンと俺のうえでそのお尻を浅くはずませる。
ちなみに、ぱちゅんぱちゅんとそのお尻が着地するたびに音は立つが、しかしさすがというべきか、彼のお尻は俺の股間にあまりしっかりとは下りてこない。つまり彼のお尻から上半身は俺のうえで弾んでいるとはいえ、見かけよりか俺にかかっている負担はさほどのものでもないのである。
ユンファさんがそのように上下しながら、切なくその切れ長の両目を細めながら眉尻を下げ、しかし見下ろしている俺ににこっと笑いかけてくる。
「…ぁ…っ♡ へへ、ソンジュ…は、♡ ソンジュ…ソンジュ……」
「……綺麗だよ、ユンファさん…」
俺は手錠をかけられた両手をユンファさんへ伸ばした。すると、彼は俺のその手の指のあいだに五本の指を差し込み、そうして両手の指を絡めて俺とぎゅっと手をつなぐ。
「…ソンジュ、…ソンジュ、…」と湿り声で俺の名を呼ぶユンファさんは、俺のうえで上下に揺れながら、赤面した切ないすこし泣きそうな表情で俺を見下ろし、
「ぼ、僕のおまんこ、気持ちいい…?」
「…気持ちいいよ、気持ちいいに決まって、…」
「言って…、はぁ…あ、♡ っはぁ…僕のおまんこ気持ちいいって、言って……?」
その切ない表情にもまして、ユンファさんが切なく上ずった湿り声でそう俺に求めるので、俺の胸はぎゅうっと甘く締めつけられる。
「気持ちいい…、ユンファさんのおまんこ、本当に気持ちいいよ…、はぁ……」
俺のこの低い吐息まじりの男のささやき声に、しかしユンファさんは、今にも泣き出しそうに俺を見下ろすその切れ長の目を細めた。
「……じゃあ…何番目…? 僕のおまんこ…何番目に、…っ気持ちいい…?」
「一番、一番気持ちいいよ、…決まっているじゃないか、…一番、最高に、気持ちいい…」
俺は即答した。本当のことだった。
そもそも俺のもとめる快楽を十二分に満たす肉体でもなければ、いくら俺がユンファさんのことを心から愛しているとはいえども、それこそ俺は中毒というほどのめり込んで一夜に際限なく彼の肉体を求めることもなかったろう。
するとユンファさんは「本当…?」と素直に嬉しそうな微笑を浮かべる。
「へへ、嬉しい…。じゃあもっと頑張るね… ? はあ…♡ ……」
とユンファさんが俺と手をつないだまま俺の胸に唇を寄せ、片方の乳首をちゅると吸う。…ぺろ…ぺろと顔の角度を変えて俺のそこをやや大きく舐め、かと思えば俺の粒だった乳頭をチロチロチロと舌先で転がしながら――彼のお尻がぱちゅぱちゅぱちゅと猛スピードで浅く上下に振れる。
「……ん、…クッ…気持ちいい、…だけれど、――ユンファさん疲れないの、大丈夫…?」
その快感の猛攻は俺の体を力ませたが、しかし先ほどから動きっぱなしのユンファさんの疲労が気にかかり、俺はそう喘ぎながら尋ねた。
するとひたと動きを止めたユンファさんが、ゆら…ゆら…と上半身を大きくスライドさせ、ぬちゅ…ぬちゅ…と俺の勃起をその膣で扱いてくれながら、俺の目を恍惚と細められた切れ長の両目で見下ろしてくる。
「…はぁ、…はぁ…僕、実は騎乗位大得意なんだ。…疲れないことはないが、慣れてもいるしね…、……」
――しかし得意と言うわり、ひときわ大きく前のめりになったその瞬間、彼はぬろんっと自分の膣内から俺の勃起を取り逃した。
……いや、それはわざとであったらしい。
繋いでいる二人の両手はそのままに、ユンファさんはおもむろに上半身を起こすと、俺の下腹部に添った俺の勃起の上にそっと座ってくる。すると俺の勃起は彼のお尻、大陰唇、そしてふにゃりとやわらかい陰嚢にはさまれる。
「…んふ……あ…♡」
と微笑みながら目を輝かせた彼は、俺の下腹部に添った勃起の上に座ってくるなり、感じたような何かに気がついたような声をあげる。
「…すごいね…♡ ソンジュのおちんぽ、熱くて…すごく硬い…♡ それに太い……♡ 最高だ…♡」
そう目を伏せて嬉しそうに言いながら、ユンファさんは腰から下をくねらせるようにくい…くいと前後させて、薄桃の薄皮がまとわれた俺の勃起の幹を、くちゅ…ぬちゅ、にゅる…にゅるとその愛液でたっぷりと濡れた熱い膣口ややわらかい陰嚢、そしてふわふわの大陰唇、尻たぶを使って肉感的にこすってくる。
すると、その人の前向きの勃起がゆら…ゆらと揺れながら、その濃い桃色の亀頭の先から透明なカウパー液をぽた、ぽたぽたと俺の腹に落としてくる。
「…これがまあ…僕の休憩だな…。素股も気持ちいいでしょう…?」
「……うん…、何だか、本当に最高だ…、……」
まったりとしたこの快感、愛する美男子に乗りかかられているこの重圧感、絶世の美人の火照った顔にやさしく見下されているこの幸福感――。
ましてや更に素晴らしいのは、自分のへそあたりで彼の手と繋がれている俺の両手のひらのつけ根あたりに、彼の前向きの勃起の濡れた熱い亀頭が、ぴと…ぴとと軽く触れては離れ、そうして俺の手をそれが誘惑的にちょっと突いては引いてゆくことだ。
ゲイの俺としてはそれがまた非常に誘惑的である。
「…こういうことを彼氏にされるの、ソンジュは嫌じゃないの…?」
と言うユンファさんは、何か寂しげに目を伏せている。彼のお尻はさなかも絶えずゆっくりとスライドするように前後している。
「…え、嫌って…?」
しかし俺は予想外の質問に、彼を見上げたまま目をしばたたかせた。
ユンファさんはふと俺の目を見下ろして少し寂しげに笑う。
「……あは…こういうプ ロ っ ぽ い こ と をすると、元カレたちはみんな、ちょっと嫌がっていたんだ…――仕事じゃないんだからって……」
「…嫌がる…、別に嫌がることではないかと…、はは、俺はむしろ嬉しいけれど……」
「……本当…? そっか…、えへへ…――じゃあ嬉しいから、ソンジュにもっとエロいことしてあげよっか…?」
とユンファさんが俺を見下ろしたまま、幸福感をまとった微笑みを浮かべる。――俺は好奇心がそそられるまま、彼を見上げてく、と顔を傾けた。
「……もっと…エロいこと…――?」
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