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58 ※微

             あれから一週間後のとある秋の日、その気持ちよく晴れた昼ごろ――俺がひとり暮らしをしている自宅マンションのインターフォンが、まるで大天使が吹く甲高いラッパのような玲瓏(れいろう)な響きをもって室内に鳴り渡った。    さて俺はそのときリビング中央に置いた赤茶の革張りのソファに脚を組んでかけ、白磁(はくじ)のコーヒーカップに()れたホットコーヒーを飲んでいた。  ……あたりにはコーヒーの香ばしいコクのある香りがただよっている。そして俺がそれをもう一口飲もうとコーヒーカップのなめらかな(ふち)に唇をあてたとき、リビングに鳴りひびいたその「ピンポー…ン」というインターフォンの甲高い音を聞いたので、俺は右手の指先で取っ手をつまんでいたコーヒーカップをそっと、目の前のガラス天板のローテーブルにある白いソーサーへと置いた。    カチャ…と白いソーサーの上に置かれたそれとセットの白磁のコーヒーカップ、その中の黒いコーヒーはいまだそれほど減っていない。そのおだやかに揺蕩(たゆた)う黒い水面(みなも)からはかすかな湯気も立ちのぼっている。これはまだ淹れたてだった。  そして、そのコーヒーカップの隣に置かれたガラスの灰皿のなかには、黒いタバコの吸い殻が十本以上汚らしく散乱している。    俺はのんびりとした動きでソファから立ち上がった。――    なお、このときの俺の所作がいちいちわざとらしいほど鷹揚(おうよう)であった訳というのは、俺が()()()()()()()()()()()()意識的に余裕ぶっていたためである。    俺は嫉妬していたのだ。  えてして俺はそもそもが嫉妬深い男だった。    まさかどこの馬の骨とも知れないあんな男に先を越されるとは、まさかユンファさんが俺以外の男と付き合うことになろうとは、まさか俺が何度も愛し口づけてきたあの美しい真っ赤な唇が、俺以外の男を指して「僕の彼氏だ」なんぞという言葉を紡ぐとは…――。    なぜ俺では駄目なのか、なぜユンファさんはよりにもよってあんな最低な男を選んだのか、あきらかに俺のほうが彼を深く愛している、あきらかに俺のほうが彼のことを深く理解している、あきらかに俺のほうがあんな男よりも彼を幸せにできる、あきらかに俺のほうがあんな男よりも良い男だ――俺のほうが絶対にユンファさんには相応しいに違いないというのに、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、……    いや、あれはきっとユンファさんがむしろ俺を想うからこそ仕掛けてきたことだ。  あれもまた一つ彼の「威嚇」に違いない。彼はきっと自分なんかと付き合っても俺は幸せになれないと悲観的に、しかし俺への愛ゆえの優しさからそう考えていて、だから俺をすっかり諦めさせようと――最低なことを仕掛けて俺を怒らせ、傷つけ、そうして俺に完全に嫌われようと――して、ああした電話を俺にかけてきたのだ。    頭ではそれもわかっていた。  いや、俺がそう「わかっていた」などと断定しがちな理由というのは、俺はたとえ自分のそれが単なる憶測の域を出ない()()であろうとも、それが()()であると信じ込もうと決めていたからだ。そうでなれば心が折れてしまいそうだったのである。    しかし――俺の心のほうはどうもその考えに追いつかない。    ユンファさんからもたらされた「俺以外の男と付き合うことになった」という(しら)せは、俺にとってここ一番の最悪なニュースであった。    それだから悪いことに、俺は幾度か憎らしい相手の男を殺す妄想をしていた。更にいえば、幾度も幾度もユンファさんを監禁する妄想もしていた。    俺はユンファさんをなかば憎んでいた。  もとより俺の彼への愛は愛執(あいしゅう)といって過言ではない。その愛は深淵(しんえん)ほどにどこまでも奥深いが、その深さのぶん執着にも近しい危うげなものでもあった。――もちろんいまだ彼のことは深く深く愛していた。しかし愛しているからこそ俺は彼が俺を裏切ったかのような、…いや、いまだ交際にすら至っていないというのに、…それでもなお俺は彼に()()()()()と感じていた。  ……しかし俺が何よりも憎らしいのは結局ユンファさんではない。俺から彼のことを奪った相手の男だった。(とんび)に油揚げをさらわれるというようだった。あんな男は()()()()()()()いっそ殺してやったほうがいい、あぁ殺してやりたい。    そして俺を裏切ったユンファさんにその背信の(むく)いを、あぁいっそのこと彼のことを、強制的に俺だけのものにしてやりたい――。    俺はあの電話を受けたのちの数日間、それこそ数えきれないほど、ユンファさんをこの自宅マンションの寝室に監禁する妄想をくりかえしていた。  もちろん俺はその期間仕事で忙しくしていたのだが、しかしその執筆の合間にふとその妄想が俺の目の裏に浮かぶのである。もちろんすぐにいけないいけない、今はとにかく仕事に集中しなければと我には返るが、しばらくするとまた俺の目の裏には陰湿で破壊的なその妄想が浮かんでくる。    照明を灯さない寝室のクイーンサイズのベッドの上、白いカッターシャツだけを身に着けているユンファさんは、横向きに体を寝かせている。  彼の手かせのはめられた両手はその人の腰の裏で拘束され、彼の片方の足首にもベッドの脚とつながる鎖つきの黒革の足かせがはめられている。  また彼の長めの美しい白い首に、俺は銀の鈴付きの黒い首輪をはめた。    そして俺が寝室に訪れると、そのリビングから差し込む光にまぶしそうに目を細めたユンファさんの口もとは、黒いポニーギャグ――横一線のバーを強制的にくわえさせる口かせ――でふさがれており、彼は自分のもとへ歩みよってくる俺を睨むことはできても、いつものように文句を言うことはできない。    俺はそうして監禁しているユンファさんの肉体を何度も何度も、乱暴な方法で何度も(あば)きつづけた。  彼は俺の妄想のなかで『嫌だ、やめろ、僕を彼氏の元に帰せよ』と俺をこばみ、そしてあの切れ長の目をよりいっそう鋭くして俺を睨みつけてきたが、俺は何らかまわずに何度も何度も無理やり彼の白い(うるわ)しい体を暴いた。――その人の精神と肉体とが完全に俺に服従するまで、俺は壊さんばかりに彼の薄桃の華に己れの()しべを突き刺しつづけ、幾度となくその人の子房(しぼう)に己れの花粉をぶちまけた。    すると俺の妄想のなかで次第に弱っていったユンファさんは、俺がその人の口かせを外してやるなり、唾液に濡れた赤い唇でうわ言のようにこうくり返すようになった。   『ソンジュだけを愛してる…、僕はソンジュだけを愛してる…、僕は、ソンジュだけを愛してる……』    彼はこう言いながら俺に服従を示すよう、俺に向けて脚を大きく開く。『ずっと君が来てくれるのを待っていたから、やっとソンジュが来てくれて本当に嬉しい…。嬉しくてとろとろに濡れてしまった僕のおまんこ…今日もいっぱい、ソンジュのおちんちんで可愛がってください…』    ユンファさんがこれを言えるようになった理由というのは単純で、こう言わなければ俺にまた「お仕置き」をされるからである。たとえば鞭打ち、たとえば快感責め、たとえば放置プレイ、たとえば焦らしプレイ、……  しかしユンファさんは、拘束された両手を背中で敷く形の正常位で俺の雄しべを己れの華に突き刺されるなり『ん、っあぁ…』と苦痛げに、不快げに眉をひそめながらぎゅっと目をつむる。彼は恐怖しているのである。   『あ、あ、…っな、生じゃ嫌だ、お願い、ゴムつけて、…ゴム、お願い、…避妊、してよぉ……っ』    そしてくっと上がった腰を俺に掴まれ、犯されながらすすり泣いて『もうやめて…』と言うユンファさんは、ぐちゅぐちゅと濡れそぼつやわらかい華びらを俺の雄しべに絡みつかせるくせ、『もう許して…』とそれでも俺を心からは愛さない。  チリ、チリ、チリ、チリ、チリ、と彼の首輪の鈴が鳴る。怒りにより乱雑な勢いで彼を犯す俺、俺のすさまじい嫉妬心に揺さぶられながら、彼は『やめて、お願い、やめてソンジュ、…君だけのものになるから、君の犬にでも猫にでも何にでもなるから、だからもうやめて、お願い、お願いだから、もうなかには出さないで、…』と哀願し、俺の目を弱々しい涙目で見やる。     『駄目…っこのままじゃ本当に、赤ちゃん出来ちゃうよ、――』      ……なお俺はこれで自慰(じい)をすることもあったが、単なる腹いせにユンファさんをさんざっぱらなぶる妄想をするだけで満足することもあった。  しかしあくまでも当然のことではあるが、こうした俺が生来もつ「獰猛な牙」が俺に見せてきた陰湿で破壊的な妄想は、これからやってくる現実のユンファさん相手に実行してよいことであるはずがなかった。    ましてやそれを実行こそしなくとも、嫉妬心という自分の若干子どもっぽい感情を、ユンファさんにぶつけるはおろか彼には少しも垣間見せてはならない、とも俺は考えていた。――もちろんこのときにはまだユンファさんとは例の「約束」は取り交わしていない。そもそもあれはユンファさんとの「交際の条件」であるので、交際前のこのときの俺にその「約束」にかかわる懸念などがあるはずもない。    ……ただ、そもそもこのときから俺は「(俺よりも)年上」という意識が人よりも強そうなユンファさんに見合う男、年下というのを感じさせない彼と対等な一人の男、余裕のある、包容力のある、どのような彼でも受け容れられるような寛大な、包み込むような無限の、無条件の、無対価の、いわば「無償の愛」をもっている男――そういった器の大きな男こそユンファさんのような人には相応しい、むしろ彼にはそういった「優しい彼氏」こそが必要だ、と考えていた。    しかし、俺が彼に嫉妬心を隠そうとあえて余裕ぶっていた動機の根源というのを単純に言うならば、結局俺はユンファさんに「余裕のない、子どもっぽい、ダサい男」と思われたくなかった、というのが一番大きいのだが。      ――さて、俺はインターフォンが鳴ったなりすぐに玄関へ向かって歩いた。リビングのモニターは確認していない。  これでモニターのほうで応対をしてしまったなら、ともするとユンファさんが「じゃあここに置いておくから」と(おそらく紙袋か何かに入れているだろう)俺のトレンチコートを玄関前に置いて、そのまま俺から逃げるように帰ってしまうのではないか、と俺が危惧していたためである。    ましてや、俺はこの日の前日ユンファさんにメッセージで『この日の昼ごろ』と会う日時の指定をしていたので、この度の来客はほとんど間違いなく彼であるという確信もあった。――まあこれで仮にその人ではなかったとしても、俺ならばほとんどの存在を軽くいなせるというアルファ男の自恃(じじ)もあれ、そもそも昼間の来客を直接応対して何がおかしいだろう。      ――絶対に逃さない。      しかし……俺の例の破壊的な妄想、ユンファさんを監禁するというあの妄想を「決して実行してはならない」と自戒(じかい)してはいながらに、――俺はユンファさんが待っているだろう玄関へ向けて悠々と歩いてゆくさなか、いや、その実それよりももっと前に、……どこかで()()を「実行してやろう」という目論見を捨てきれていなかった。    まるでこのときの俺が着ていた黒いベストの、その腰の裏に自分の「獰猛な牙」を隠し持って歩いて、いざとなれば彼をその己れの毒牙(どくが)にかけようとしているような気分だった俺は、その自戒と破壊のどちらにもすぐに踏み出せる危うい狭間(はざま)をやけに、我ながら不気味なほど優雅に歩いていた。  ……そうして玄関にたどり着いた俺が玄関扉をそっと開けると――そこには俺の予想通りユンファさんが立っていた。  彼は水色のオーバーサイズのパーカに黒いスキニーのダメージジーンズを身につけて、きまり悪そうな顔で、扉の隙間から顔をのぞかせた俺を見た。そして俺の目を見たなり彼の薄紫色の瞳は気まずそうに(かげ)り、それから彼はふとその切れ長の上まぶたを伏せる。   「……、…これ」    とユンファさんが手に持っていた紙袋を俺に差し出す。昼の陽光にかがやくように白く照らされた、彼の太い青い静脈(じょうみゃく)の浮いている手の甲は少し震えている。  ――なおユンファさんは有名な高級ブティックのチョコレートブラウンの紙袋に、俺のベージュ色のトレンチコートを綺麗に畳んで入れて持ってきてくれていた。   「わざわざありがとうございます」    俺はその人からその紙袋を受けとる、   「…っうわ、!」    …のではなく、ユンファさんのその手の甲をつかみ、彼を強引に自分の家のなかに引き込んだ。  荒々しい勢いで俺に引き込まれたユンファさんは前に数歩危うい感じでよたついたが、玄関のタタキの上で俺にぎゅっと抱きすくめられると、その細身を強ばらせて固まった。バサ、玄関のタタキにユンファさんの片手が持っていた紙袋が落ちた音がする。   「……、…、…」    ユンファさんの心臓がドキドキと荒波に呑まれている。俺は彼の耳もとに唇を寄せ、甘い深い声でこうささやく。   「……とても会いたかったよ、ユンファさん……」   「……ッ、…ん……」    するとぴく、とわずかに肩をすくめたユンファさんが、おそるおそると俺の胸板を押し、密着していた俺の体と自分の体とのあいだにやや距離をもうける。  ユンファさんは目を伏せている。その人の白い両頬にはじゅわりとほのかな薄桃色がにじんでいる。   「……そ…そういう、の…、やめ、たら……もう、やめたら……」   「どうして…? 好きな人に会いたいと思うことの何がいけないんですか…、……」    俺はユンファさんのほのかに紅潮している痩せた片頬を、その人の顎のほうから人差し指と中指の爪の腹でつーとかすめ上げてゆく。ひく、とわずかに肩をまるめたユンファさんが、「や、やめて…」と俺のその指から顔をそむける。そして彼は目を伏せたまま、蚊の鳴くような声でたどたどしくこう言った。   「いや、僕…もう…、彼氏…いる、から……」   「……、…」    俺は自分の嫉妬心を抑えるために、あえてぼんやりとその人の伏せられた艶のある黒い長いまつ毛を眺めていた。――しかし黒い(すす)まじりの煙は俺の胸のなかに溜まってゆく一方である。俺は換気のためにすーっと鼻から息を吸い込み、その空気を薄く開けた唇からゆるやかに吐き出したあと、   「…彼氏とはその後どうです。幸せ…?」    と嫉妬心を隠すあまりに嫌味なほど優しい声で尋ねた。   「…………」    しかしユンファさんはきまり悪そうに目を伏せたまま何も答えない。   「あんな男のどこがいいの。好きなところは?」   「……、…」    やはりユンファさんは何も答えない。  ――おかしなことに、恋人ともなった男の「好きなところ」一つ上げられないのか、はたまた俺の威圧感にそれを言おうにも言えないだけなのか、…いずれにしても彼は返答に困っているような表情をしている。   「……。彼氏の好きなところくらい、一つや二つは……」    と俺はなかばユンファさんを訊問(じんもん)するような調子で言いかけたが、   「勿論あるよ、好きなところくらい…」    ユンファさんが目を伏せたまま寂しげに微笑し、そうして俺の言葉をさえぎる。   「…そうですか。例えば」と俺は不機嫌な低い声で()く。  すると彼は寂しげに微笑をしたまま、その伏し目をそっと閉ざした。   「…優しい、ところ…」   「優しいですって?」    俺はユンファさんが挙げたあの男の好きなところ、それが「優しいところ」だなどと聞いてはさすがに耳を疑ったと同時、カチンときた。いや、嫉妬心があればこそなおその腹立たしさの燃料は事欠かない。   「あの男が? 優しい? いや、俺に電話をかけてきたとき、あの男は貴方のことをあんなに馬鹿にしていたじゃないですか。そもそもあんな…」   「いや、優しいよ…」    とユンファさんが目を瞑ったまま微笑して言う。彼のその微笑にしろ態度にしろ、また声にしろ、やけに優しげに落ち着いている。   「…君が帰ったあと…実はさ――あのおじさん、本当に来たんだ…」   「……、…え、本当…?」    あのおじさん――オメガ排卵期を迎えたユンファさんを犯すため、彼の家に行くからな、などとその人を脅していた危険な客の男――が、まさか本当に彼の家に来たというのか。  ユンファさんが薄く開けた伏し目でコクと頷く。   「まあ来たと言っても、僕のマンションの前でウロウロしていただけだが……、勿論警察には連絡したんだけど、ちょっと、あのときはどうしたらいいかわからなくなって、…それで彼に連絡したら、すぐに来てくれたから…――“ユンファさんのことは、俺が守ってあげる”って…」   「っ言わせてもらうが、俺だってあのとき…!」    俺はそのことを危惧して一週間ユンファさんの家に泊まると言い、その一週間ぶんの着替えをもってその人の家に戻ったところを、彼が俺のことを閉め出したのである。――俺の不服は当然だったが、それさえももはやらしくないと思えるほどユンファさんは穏やかに、ただ寂しげに微笑をして受けとめた。   「うん…そうだね、ごめん…。でも――ソンジュのことは……好きには、なれないから……」   「…俺のことは好きになれない? だがあんな最低な奴のことは好きになれる、と? あんな男に、俺よりも(まさ)っている点が何か一つでもあると言うんですか?」    俺は自分の男としての自尊心を傷つけられ、いよいよ相手の男を厳しく(なん)ずるような勢いでそう聞いた。俺はユンファさんを前にしては、もはやユンファさんには自分の嫉妬心を隠さねば、という自制心をすっかり忘れていた。   「……、…」    しかしユンファさんはただ困り笑顔を浮かべるだけで何も言わない。   「……ふぅ…他にはないの、あの人の好きなところ。」    なお、俺は間違っても建設的な意味合いをもってユンファさんにこの質問をしているわけではなかった。ただ嫉妬心が求めるままの追求、知りたくないことであるはずだというのに、知らなければ気が済まないというようなネガティブな好奇心をもって、俺はこの追求をしている。  ……ユンファさんが伏し目の微笑のまま少しうつむく。   「…キスが上手いところ、とか…。ドSなところ、…抱き締められると…頭、ぽーっとする…ところ、…あとは、目…かな……」   「……、…」    俺は眉をひそめた。  俺のいやまさる嫉妬心は、俺になかばユンファさんをなじるような調子でこう言わせた。   「そういえば貴方、年上がタイプなんじゃなかった。あの人一応貴方に敬語を使っていましたけれど、もしや貴方よりも年下なんじゃないの。」   「…うん…年下…」   「……っ!」    俺は苛立ちのあまり、彼の顎をつかんでくっとその寂しげな微笑を仰向かせた。彼は悲しげな群青の瞳で俺の目を見た。   「っ何故俺じゃ駄目なの、何故…っ?」   「……、…」    ユンファさんはまた泣き出しそうな、あの切ない「可愛い顔」をした。そして、   「――……っ!」   「…んっ、…」    俺は突然さっと目を瞑ったユンファさんに口づけられ、驚いて目を見開いた。彼は俺の両肩を上からつかんで俺のことをやや引き寄せながら、俺の唇にただ自分の唇をむに、と押し当てている。  ……さすがの俺も咄嗟には何もできなかった。しかしものの何秒かで彼のうなじをつかみ寄せ、さりげなくその人の腰を撫でまわしながら、彼の強ばった唇をゆっくりと食む。   「…ん、……ん……っ」    するとやや苦しそうな小さい声を鼻からもらすユンファさんの手が、その人の腰を撫でまわす俺の手を掴んで下げ、自分のそこから俺の手を離す。彼は顎を引いて唇も離し、とろんとした悲しげな目で俺の目をじっと見つめてくる。   「駄目…」   「…何故…?」    俺が微笑しながら聞いたこの「なぜ」にはあまりにも悪い響きがあった。俺はユンファさんからのキスにすっかり機嫌を直したのである。やっぱり彼は俺が好きなんだ、やっぱりあんな男と付き合ったのでさえ俺のためだったんだと、このとき例の推察を確信をもって思い出していた。    ――そして俺は成功をも確信していた。  このままユンファさんを寝取ってやる、必ずやこの美男子を俺だけのものにしてやる、まさかあんな男に彼は譲らない、と今のキスには、そういった俺の男としてのやる気がみるみると湧いてきた。    しかし、ユンファさんは俺の意味ありげに細められた目から目をそむけるように、またふと目を伏せる。   「…む、ムラムラしちゃう、から…。いや、彼氏に言われていて…その……」    こう後ろめたそうに言うユンファさんの表情はどうも曇っている。   「…“貴方は俺のもんなんだからね”って…、来る前も…何回も、出されて…なかに…。“セックス、するなよ”って、…君と……」   「……そう。…」    俺のやる気の火力こそ弱まってはいないが、それとはまた別に燃える己れの嫉妬心を隠すため、俺はまた余裕ぶった涼やかな返答をした。  ……すると、つと目を上げたユンファさんは、その泣き出しそうな弱々しい薄紫の瞳で何秒か俺の目を見てから、   「うん…、……じゃあね…」    と悲しげに微笑しながらまたその切れ長のまぶたを伏せた。    そして彼は背後にある扉へ体を返そうとしたが、…俺はそれを許さない。  ガタンッと鉄の玄関扉が音を立てる。俺がユンファさんの背面をそれに押しつけ、その人の痛みに歪んだ顔に顔を迫らせたせいである。――彼はとっさに至近距離で俺の目を見た。俺は玄関扉の鍵をカチンと閉めながら、なかば睨みつけるような覇気をもって、その人の怯えたように小きざみに震えている群青の瞳を凝視する。   「ねえ何処に行くつもりなんです…? 逃さないに決まっているでしょう…」   「……、…、…」    ユンファさんは俺の目から目を逸らすこともできず、獰猛な獣に()めつけられた小動物のように、ただじっと不安げな(まなこ)で俺の目を凝視している。   「……でも…」とユンファさんが怯えたわずかな声で言う。   「…僕、もう…帰らないと…、あんまり…長居しないようにって、その……彼氏に、言われていて……」   「……ッ!」    ――結局はこらえきれなかった。    俺は結局自分のすさまじい嫉妬心をこらえきれず、ユンファさんの履いている白いスニーカーさえも気に留めずに、ほとんど悪魔に操られるような荒々しさで素早く彼の体を横抱きにして抱えあげ、   「……っ?! やっ、! そ、ソン、…」   「のこのこセフレの家になんか来た貴方が悪いんでしょう…? 自分は彼氏がいる身分だと主張されるのなら、もっと貴方自身が慎んだ行動をされるべきだ。」    などと獣が(うな)るような低い声で言い捨てながら家の廊下を引きかえす俺の足は、あの自戒をもすっかり忘れ、苛立たしい早足で自宅の寝室へと向かっていた。            ×××   ×××   ×××      皆さまお久しぶりでございます、いつもお読みいただき&応援のほういつも本当に本当にありがとうございますm(_ _)m♡    そしてだいぶ更新のほう間があいてしまって本当に、ほんとうに申し訳ございません…っm(_ _;)m    今回なかなか更新できなかった理由はですね、実は僕がスランプに陥っていたわけでも、自身の遅筆に悩まされていたわけでも、また僕自身の体や心の調子が悪かったわけでもなく(もしご心配いただいていた方がいらっしゃいましたらほんとうに申し訳ありません、僕はぜんぜん大丈夫です…!)、実は私生活のほうでまたまたすさまじい大変化がございまして、そちらの対応に集中せざるを得ない状況におかれていたため、シンプルに筆をにぎる時間がなかったせいです。    いや、まあある意味不調といいますか、その変化のせいで胃を痛めてはおるのですが……(白目)  僕も本当は書きたくて書きたくてたまらず、むしろ書けないことにストレスを感じていたくらいでしたので、やっと書ける〜〜(泣)という感じです(´;ω;`)    ただ、一応のところはその私生活の変化も落ちつきを見せてはいますものの、もしかするとまた更新の間があいてしまうようなこともあるかもわかりません。が、僕としては、ここからはなるべく、また以前のように執筆・更新のほうに集中してがんばっていきたいと思っております…!    またなかなか更新できないなかで、もしご不安になられてしまった方がいらっしゃいましたら、本当に申し訳ございません。僕じつは以前にスランプというかなかなか話がまとまらなくて数カ月あけたアホクリエイターだったりもするんですが(※前科あり)、マジで何も言わずにトぶことだけはせんのでそのあたりだけはどうか信じてください…!(泣)  僕もある程度のところで、きちんとその旨(私生活が吐きそうなくらい多忙)を皆さまへお知らせしなければ、とは思っていたのですが、もはや近ごろは朝起きてから眠るまでほとんどその変化の対応に追われておりましたもので、それもできずじまいとなり……本当にごめんなさいm(_ _;)m    しかしそのような中でも、何も言わずにそっと作品の更新をお待ちくださっていた皆さま、またなかなか更新ができなかったというのに、その中でもリアクション等で応援のお気持ちを送りつづけてくださった皆さま、本当に皆さまやさしすぎ、本当に本当にありがとうございますm(_ _)m♡♡♡    鹿引きつづき精いっぱいがんばっていきますので、よろしければまた応援していただけたらとってもとっても幸いです…!!  きっと皆さまの中にも、今大変な変化を迎えられている方がいらっしゃるのではないかと思いますが、僕の作品が皆さまの日々のちょっとした楽しみになれますようにって引き続きバリバリバリバリ(※エナドリ代わりに鹿せんべいをむさぼる音)がんばります、皆さまどうか途方もなく幸せであれえええ……!!      🫎藤月 こじか 春雷🦌

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