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59 ※微
俺はユンファさんを横抱きに抱え、己れの両足のつま先が向かいたがるままに、ドカドカと荒々しい足取りでこの家の寝室へと踏みこんだ。――照明の灯 されていない昼間の寝室は薄暗い。
……ちなみにユンファさんはここまでの道すがらやけに大人しかった。俺に横抱きにされて運ばれても文句の一つもいわず、またその長細い手脚をジタバタさせるでもなく、そうして彼は一切の抵抗をしないで、ただ目を伏せて気まずそうな顔をしているばかりだった。
「…随分大人しいけれど…今から俺に何をされるか、貴方はわかっているの…?」
と俺は言いながら、ドサッとこの薄暗い寝室のベッドにユンファさんの体を手荒く投げ捨て、すぐさま、
「……っ!」
その衝撃に顔をしかめた彼の体に覆いかぶさる。
……そうして俺にほとんど無理やり組みしかれたユンファさんだったが、……
「……、…、…」
彼は悲しげな弱々しい表情で俺を見上げるだけで、しかし何を言うでもない。ただその人のその小きざみに震える群青色の瞳は、今から暴行を働こうとしている俺に「許して」だとか「やめて」だとか、何かしらそういった力ない怯えた哀願を訴えかけているようにも見えた。
「…ふっ…何ですその顔は…。もしかして…もうご自分は彼氏だけのものだから、俺とセックスするわけにはいかない…とでも仰言 りたいんですか…?」
「……、……」
ユンファさんがじっと悲しげな瞳で俺を見上げたまま、何かしら逡巡 したようにその眉間を曇らせる。…が、ややあってから彼は、極わずかな動きでコク…とその顎を縦に揺らした。
……俺は嫉妬した。俺のその嫉妬はほとんど怒りのようだった。――俺の片手があたかも強姦をもくろむ男のそれらしく荒っぽく、ユンファさんの着ている水色のパーカの上から彼の平たい胸を揉みしだく。
「……ぁ…、……」
するとユンファさんはビクンッと怯えて肩をすくめ、恐ろしそうにその黒眉に憂いをにじませると、その切れ長の上まぶたを伏せながら斜 へと顎を引く。――しかし彼は自分の胸を痛めつけるようなほど手荒にまさぐる俺の手を止めない。彼の片手はその人の高い鼻先の近くに、もう片手はその人の腹の上に力なく置かれたまま動かない。
「……ねえユンファさん…、本当に貴方、今のご自分の状況をきちんと理解されています…? 今貴方は、貴方の彼氏なんかではなく…――単なるセフレの男に、無理やり犯されかけているんですよ…。ちょっとくらいは抵抗したら…?」
「……、…」
俺が嫌味ったらしくそう言っても、ただ悲しげに目を伏せているユンファさんは依然として斜 へ顎を引いたまま何も言わない。
――何か不気味なほどであった。
そもそも普段のユンファさんであればもう幾度となく俺に暴言めいた悪態をついているだろうに、今日はどうしたことか、彼は此処に来てから一度も文句の類 を口にしていない。それどころか抵抗をしても何か中途半端である。それではまるで俺のこうした暴行を許している、いや、かえって拒むべきその展開を彼が望んでいるかのようではないか。
とすると…――ユンファさんが彼氏とともに何かしら企 んでいるのではないか、それこそ美人局 か何かでも俺に仕掛けようとしてきているのではないか――といぶかり始めた俺は、彼の胸から手を退かし、その手をギッとその人の頭の近くに着く。
「ふ、まさかユンファさん…、貴方の彼氏と共謀でもしていて、俺のことを陥 れるおつもりだったりします……?」
と俺が冷笑の低い声で言うと、はたと俺の目を見上げたユンファさんは、もの憂げな顔を小さくふるふる…と横に振った。
――しかし今の俺には彼のそれも嘘、演技、彼氏と事前にはかり合わせていたその謀 の一貫のようにさえ思える。
「じゃあ何故抵抗をしないんです。…俺に抱かれたくないんでしょう…、もうユンファさんは彼氏だけのものだから、俺とももう縁を切るつもりで此処に来たんでしょう。それなのに何故? ――貴方、このままでは本当に俺に犯されてしまいますよ。」
「……、……かれ、たい…」
ユンファさんが少し泣きそうな顔をして、そうか細い声で言う。――「はい?」俺は苛立 った声で聞きかえす。
「……、…、…」
するとユンファさんは怯えたように目を伏せ、その表情を悲しげにこわばらせながらも、震えている両手でおそるおそる――自分のパーカの裾 をつかみ、おもむろにそれをまくり上げてゆく。
「…何のつもり。」
俺は脅すような冷厳な声でそう訊 いたが、
「……っ、…、…、……」
ビクッと肩を跳ねさせ怯えはしても、ユンファさんはまた斜に顎を引いて目を伏せているまま、結局彼は自らそのパーカの裾を、その白い胸板の上までまくり上げてしまった。
その新雪のようにくすみのない白皙 、青年らしいふくらみのある両胸についた、形のよい小さい薄桃色の乳首の先はすでに少し勃っている。この細い体、あばらから徐々に細まるこの腰、縦筋の浮いた腹、まるいへそ、……黒いジーパンのウエスト部分から若干覗いている、彼の下着の白地に黒い文字が編み込まれたゴム部分、……およそ一週間ぶりに見たこの美男子の白い素肌には、やはり俺の理性の制止をも突きやぶる凄まじい情欲がみなぎってくる。
「…何故こんなこと…」
「抱かれたいから…」
とユンファさんは、恐れているように目を閉ざしながら、先ほどよりは確かに、しかしやはり小さな声でそう言った。
「…な、何ですって…」
俺はドキ、とこの胸を高鳴らせた。
こうして愛する美男子に「抱かれたい」と何か切望と見える態度をまで取られては、とても理性では抗いきれないときめきを覚えてしまった。
……ユンファさんはきゅっと目をつむったまま、その端整な黒眉に切ない強ばりをにじませる。
「……そ…ソンジュに、抱かれたいよ……」
「……、…」
俺は複雑な胸中に何も言えない。
……そこでユンファさんのまぶたが薄く開く。そうして泣きだしそうな切ない伏し目となった彼は、さらにこうか細い震え声で続ける。
「…正直…ちょっと期待してここに来たから…――もしかしたら…ソンジュに抱いてもらえるかもって、…ちょっと…、正直、期待していた……」
と言ったユンファさんはまるで初心 な美少年のように、その生白い頬をじわ…とみるみる真っ赤に染めてゆくのである。
その斜めった端整な顔にうかぶ表情においてもどこかそれらしい。彼はまるで初めて恋人に素肌を見られた少年のように、羞恥はもとより、これから起こる事に対しての恐怖と不安と期待と恋心とが綯 い交 ぜになったような、恍惚と物悲しさを合わせたしおらしい表情をその美貌にうかべている。
しかし俺はハッとした。
今度ばかりはこれくらいのことでほだされてはならない――騙されてはいけない。
ただし俺のその拒絶的な思考の根幹にあるものは単純な危機感ではない。嫉妬である。嫉妬による怒りである。怒りゆえの不信感である。
「…今日はやけに健気 なんだな…。何だかまるで貴方らしくないよ…、つまり、そうやって俺を騙そうとしているんでしょう。――何が欲しいんです。金?」
「……、…」
するとユンファさんは目を伏せたまま少しだけ眉を寄せた。それは苛立ちというより、今にも悲しみから泣き出しそうな人のそれだった。ふる、とその斜に伏せられた顎が小さく横に振れる。
「じゃあ何が欲しいの。俺の不幸ですか。」
「……違うよ…。ソンジュには…幸せになってほしい……」
とユンファさんが悲しげに目を伏せたまま言う。
「……、…はぁ……、……――。」
俺はため息をついたのち一旦目を閉ざして、自分の皺 が波うつ眉間に指先をあてがった。
……また嫉妬していた。――俺に幸せになってほしい? なら今すぐに彼氏と別れて、俺と付き合ってくれよ。…そう言いかけたが、こらえた。今それを言ったところで何が変わるわけでもなかろう。ユンファさんは十中八九俺のその愛の申し出をまた断るに違いなかった。
そしてそうしたユンファさんの拒絶は、今よりももっと俺の嫉妬心の火力を強めるに違いなかった。
ましてや愛する美男子のこの可憐な表情、態度、この麗しい雪のように白い肉体、……この人の全てがいまやあんな男のものに、あんな男だけのものになってしまったとあらためて認識もしてしまったのである。
――それこそ俺は、一旦このやけにしおらしい態度のユンファさんを見ないようにしなければ、いよいよこのまま彼をこの寝室に監禁するために動き出してしまいそうだった。
確かに俺のつま先は「破壊」のほうに向いていた。
それだから俺はこの寝室へユンファさんを連れ込んだのである。――だが、今ならばまだ「自制」のほうへ戻れる。
俺がユンファさんに愛される道、それというのはほとんど間違いなく今ここで「自制」のほうに踏み出すこと、その「自制の道」こそが時間はかかろうとも間違いなく着実に彼に愛される道だ。
俺の「牙」はまずユンファさんにさえ許されない。
いくら彼がマゾヒストであろうが、さすがの彼でも「SMプレイ」を越えた場所に俺の「牙」を突き立てられて喜ぶはずがない。――ここは冷静になって、あらためて「まともな道」に戻ろう。
――俺はそっと目を開けた。
……ユンファさんの切ない切れ長の目と目があった。ユンファさんは俺が目をつむっていたあいだに、俺のことを見上げていたらしかった。
「……、ソンジュ……」
とかすれた切ない声で俺の名を呼んだユンファさんは、あの物哀しい切愛 の、うるんだ澄明 な群青の瞳で俺の目をじっと見つめた。
「どうして俺のことをそんな目で見るの。」
俺の「冷静 になろう」という「自制」はたちまち「嫉妬」に押しのけられた。
……俺はこの美男子の、そのあたかも俺を強く求めているかのような悲しい眼差しに当てられ、にわかに彼の流れるような白い首筋に唇を押し当てた。
「……あ…っ」
と驚いた声を出したユンファさんは、ここでやっと抵抗らしい抵抗をして、俺の両肩を押し上げようと――自分の首から俺の唇を離そうと――するが、彼のその抵抗もむなしく、アルファ男の俺の力にはさすがの彼でも歯が立たない。
「っ駄目、ねぇだっ駄目、キスマークは、…」
そうである。
ユンファさんは俺の唇に首のやわらかな肌を咬 まれたかすかな痛みに抵抗をしている。しかし俺はかまわず、その人の両手首をベッドに力強く押さえつけ、ちゅ、ちゅ、といくつか紅 い痕 をその生白い肌に印 す。
「……、…、…――ン……」
するとユンファさんがか細い上ずった声を鼻からもらす。……俺はおもむろに彼の耳もとへ唇を寄せ、
「……あーあ……」
とわざと嘲 りをたっぷりと含ませた声で言った。
「…これで彼氏の元に帰ったら、ユンファさんが俺と浮気をしたってバレてしまいますね…。怒られてしまうんじゃない…?」
俺のあざけるようなこの質問に、ユンファさんは「うん…」とあえかな返事をしながら、強ばっていた体をくた…と諦めたように脱力させる。すると俺が押さえつけている彼の骨っぽい手首はまともにベッドに沈みこむ。
「…それにしても…」と俺はあきらかにユンファさんの彼氏を愚弄 する調子で彼の耳にささやく。
「出掛けに何度も貴方を犯した割に、貴方の彼氏、キスマークはつけなかったんですね…? 危ないセフレの元に彼氏を送り出すとわかっていたというのに…馬鹿な男。…何度も中出しをするだけじゃ足りないでしょう…。ユンファさんの全てが自分だけのものだと俺に示しておきたいのならば、こうやって印 くらいつけておかなければね…――ふふふ…貴方の彼氏、これを見たらきっと悔しがるだろうな……」
俺にあざけり笑うこのセリフを耳にささやきかけられたというのに、
「…ん…ぁぁ……っ♡」
とユンファさんは極わずかな吐息のような嬌声をもらしながら、くっと腰の裏を浮かせ、ぞくぞくぞく…と上体を震わせる。――ユンファさんのその官能的な甘い反応は、男の鼻を明かしてやったという俺の優越感をより快 くも醜 く増長させた。
……しかしユンファさんは男をかばっているつもりか、「…は…」と濡れた吐息をもらしたのち、
「…いや、彼…キスマーク、つけられないから……」
「そう。…ユンファさんは何度も何度も貴方をイかせられる俺なんかより、キスマークもつけられないような未熟な男のほうがいいんですね…。……」
と俺は低い声で嫌味を言いながら、彼の手首にある片手、その手の人差し指の側面で、その人の片方の凝 った乳頭をぴんぴんぴんとはじく。
「…んっ…♡ …ぁ……♡ …ぁ……♡」
するとユンファさんはぴくっ、ぴくんっ…ぴくんっとそのみぞおちから胸板を小さく跳ねさせながら、しとやかなほど控えめな愛らしい声をあげる。
……俺はユンファさんの片方の手首からも手を離し、彼の頭の近くに手をついて腕を立て、彼の顔を眺める。
ユンファさんは頬を赤らめたままその赤い肉厚な唇を半開きにし、そして色っぽい伏し目がち、陶然 としたあでやかな表情を浮かべていた。
しかし俺のじっとりとした視線に気がついたユンファさんがつと目を上げ、危ういほどにぽーっとした恍惚の表情で俺の真顔を見上げてくる。――もはやこれから俺に暴かれるとわかっていてなお、一切の抵抗をするつもりがなさそうどころか、かえってその行為を期待しているように、その人の潤んだ群青の瞳がやや下がって俺の唇をじっと見つめる。
しかしキスはしない。
俺はじっとユンファさんのそのもの憂い恍惚の美貌を凝視しながら、彼の薄い縦筋のうかんだお腹を手のひらでかすめるように撫でまわす。
「……は…、……ぁ……♡」
すると心地よさそうに目を細めたユンファさんは、悦 ぶようにぴくぴく、としながらまたやや下腹部を突き出すようにあさく腰の裏を浮かせ、そのなめらかなあたたかい肌をぞくぞくと粟立たせる。――俺はその平たいなめらかなお腹を撫でまわす手をする…と彼のジーンズの股間に這わせた。ジーンズの硬い生地の下、窮屈だろうそのなかで彼の陰茎は顕著にふくらんでいる。彼は勃起していた。
……カリカリとそこのジッパーを爪先でひっかく。
「…んっ……♡」
するとピクン、と彼の臀部が小さく跳ね、ユンファさんは切なげに眉を寄せながら目をつむって、こてんとその顔を横へ向ける。――その人の逸らされた美しい生白い首筋には、俺が先ほどつけたばかりの紅い痕がちらほらと生々しいほど際 やかににじんでいる。
……俺は片手で彼のジーパンのホックを外し、ジッパーを下げて、彼の穿 いている下着のなかに手を忍びこませる。
驚くほどに骨のように硬い。やはり彼の熱い陰茎は完全に勃起している。同じく熱をもったやわい亀頭も全体がにゅるりとしたカウパー液に濡れている。――俺は片手でちゅく…ちゅく…と緩慢にそれの幹をしごきながら、彼の耳に唇を寄せる。
「…ユンファさんは彼氏にも…あの“可愛い顔”を見せるんですか…?」
「……ぁ、ぁ……♡ わか…らな……」
とユンファさんが息絶えるような儚い吐息の声でこたえる。
「じゃあ流石の貴方であっても、彼氏のあの男には…、抱かれながら“好き、愛してる”だなんて言うの……?」
「……、ぅ…うん、……」
ユンファさんのその返答は俺の嫉妬心の火力を強めた。――くちゅ…くちゅ…と緩慢にその人の勃起をしごく手は止めず、俺は彼のしっとりと熱くなってきた耳に、嫉妬心からあざけるような低い声でこうささやく。
「…そう…? じゃあユンファさんのこの綺麗な体も…もう全部あの男だけのものなんですね…。ふ、貴方の体は、もう俺でなきゃ満たされない体にすっかり作り替えられてしまっているというのに……」
「……、…」
ユンファさんは何も答えない。
……ただし彼は俺のわきの下から両手をまわし、俺の背中をぎゅうっと抱きよせてきた。「ソンジュ…」とあえかな吐息のような声で俺の名を呼んだ彼の勃起が、その瞬間、俺の手の中で静かに大きく脈打つ。
「……、……?」
俺は驚いた。たしかにいつ達してもおかしくはないほどの状態であったとは思うが、しかし、何か俺にしてみれば彼のその射精は唐突なようにも思われたのである。
「……、…イッたの…?」
と俺が驚きながら尋ねると、ユンファさんはぶるぶると下半身を震わせ、俺の背中にすがるようにしがみつきながら、「うん…」となまめかしい声でその射精を素直に肯定する。
……俺は片腕を立てた。ユンファさんのお腹ばかりかその白い胸板の中央下部まで、ほとんど一線状に白濁した精液が飛んで付着している。
そしてユンファさんは俺と目が合うなりその火照った頬をゆるめ、本来は凛々しい鋭利なその黒い眉尻を何か今はか弱い感じに下げて、困ったように微笑む。
「……はぁ…、久しぶりに触られたら、気持ちよすぎた…。はは……」
「…貴方の彼氏は、ここを触ってくれないんですか」
俺は単純にいぶかしく思ってそう質問した。
……するとユンファさんはふと目を伏せ、その微笑を寂しげに曇らせる。
「……ぅ、…うん…、…あんまりね……」
「…そうなんですか…、男性の貴方と付き合っているというのに、変な人なんですね…。……」
俺はそうなかば呆れつつ、しかしユンファさんが言うその「久しぶりに触られたら」というのが、本当は「俺に」久しぶりに触られたら、…という意味だったりしないだろうか、などと考えながらも目を伏せ、そしてユンファさんの下着のなかにある手をそ…と引き抜こうとした。――しかしすぐさまユンファさんが俺のその手をつかんで制止し、それにふと俺がまた彼を見やると、「ねえ」と彼はなかば無理ににっこりと笑って俺に話しかけてくる。
「…今日は生でしよ。最後だから、記念に」
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