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あのあと俺はなかば無理やりにもユンファさんを引き連れて出かけ、彼と指をからめて手をつなぎ、満足げな顔をして揚々 街を闊歩 した。――そう、俺はユンファさんとの念願のデート、…それも彼と手をつなぎ二人ならんで街を歩くという、俺にとってもっとも望ましい形でのデートをすることが叶ったのである。
……が、…その前に――照明をともし明るくなった俺の家の寝室のベッド、それの縁 に腰かけたユンファさんは、早速自分の彼氏に電話をかけた。なお彼の白い靴下を履いている足もとには、彼が脱いだ白いスニーカーがそろえて置かれている。
「……、…」
数十秒の沈黙、片耳に自分のスマートフォンをあてがっているユンファさんは伏し目がち、彼氏が自分の着信に応じたなり開口一番、
「もしもし。…悪いけどもう別れよ。」
と冷淡な声で彼氏に別れを告げた。
「……、…」
ちなみに俺は今、ベッドサイドテーブルに置いているガラス製の灰皿の前に立っている。そしてその人のその様子を見てから灰皿に向けて顔を伏せ、あたかも関心などなさそうに、くわえた黒いタバコに銀のオイルライターで火をつけた。
しかし俺はその実、これから背後で繰り広げられるであろう彼らの別れ話に、興味津々 で聴き耳を立てているのだが。
『…は…?』
とユンファさんのスマートフォンから、およそ唖然 としているのだろう若い男の声が聞こえてくる(なお俺は狼並みに聴力の鋭いアルファ属であるため、特別スピーカーモードになっていなくともユンファさんの彼氏の声、否、元 カ レ の声が聞きとれる)。
さてしかし、あまりにも唐突にユンファさんに切り出されたこの別れ話には、さすがに男も悪い冗談だと思った、…むしろ冗談だと思いたいのであろう。
『何言ってんのユンファさん、はは、…』
「…だから。君とはもう別れたい。もう二度と会う気はないから、僕の家からも今すぐ出て行ってくれる。」
とユンファさんが断固としながらも淡々と男に告げる。切り捨てるような彼の声には何ら一切の未練が感じられない。――といってもちろんそれで引き下がれるはずもない男は、
『は? いや何で、ほんとに何言ってるんですか、…何、セフレの家でなんかあった?』
「いや、別に何も。何なら僕はもうセフレの家には居ないよ。」
「……、…」
俺はつい吹きだしそうになってしまったが、それをぐっとこらえてニヤける程度にとどめる。…悪い人だ。彼、ずいぶん平然と嘘をつくのだな――もちろんユンファさんは今、彼らが指すそのセフレの俺の家の寝室でこの別れ話をしている――。
……俺は黒いタバコのフィルターを上下の唇でかるくはさみ、すぅ…と弱くそれの紫煙 を吸いこむ。
『…いや信じられない。もしかしてセフレに何か言われた? 結局絆 されたんじゃないの。』
男のこの当てつけじみた忌々しげなセリフにも、ユンファさんは「ふ、僕が絆される…?」とそれをやすやす鼻で笑った。
「勘違いをしないでくれないか。…君と別れたいというのは僕の意思だ。セフレも誰も関係ない。…悪いが、そもそも僕は近い内 に君とは別れようと思っていたんだ。――つまり遅かれ早かれだったんだよ。…なあ僕を馬鹿にするのも大概に…」
『ソンジュだっけ。だってユンファさん、結局そのセフレが好きなんでしょ、正直。』
と言った男の声からは断定的な、せめてもの報復に核心を突いてやったというような、やはり当てつけ的な鋭いいら立ちが聞きとれる。この男はそれによって、おそらくユンファさんの動揺した声やセリフが聞きたいのだろうが――しかしその実俺も俺で、表面上ばかりは冷静に口からゆるやかに煙を吐き出しながらも、男のこのセリフに愛するユンファさんが何と答えるのか、期待の沈黙をもって耳を澄ませている。
しかしユンファさんは動揺をするどころか、「ふ…」と男のそれをせせら笑った。
「…まさか…。僕は自分以外は誰も愛していないよ。…ソンジュも、もちろん君もね……」
『…でも、あのときも“しつこいセフレと縁を切りたいから”とか言ってた癖に、結構未練タラタラな感じだったじゃないですか。』
男はこのようにいまだいぶかっている様子だが――それも無理はない――、しかしユンファさんは「はあ…?」と嗤 いながら返す。
「はん、馬鹿言うなよ。…なあちょっと考えればわかるだろ…? 仮にも僕がそのソンジュとやらを愛しているのなら、僕は君と付き合う前にそいつと付き合ったに決まっている。…自慢じゃないが、ソンジュは前々から僕に何度も何度も交際を申し込んできていたんだから。」
「……ふぅ…、……」
なるほど。と俺は紫煙にまぎれたため息をつく。まるで先ほどのあの初心な彼が夢幻とさえ思える――どうやら今やユンファさんは、すっかりいつも通りのあの気の強い高飛車なその人に戻ったようである。
『じゃあどうして…』
「……どうして? ふっふふふ……」
とユンファさんがその含み笑いで男を軽侮 する。
「まさかとは思うが…、君、何故今僕に別れ話を切り出されているのかもわかっていないのか…?」
『……っ』
すると男はおよそ悔しい思いをしてぐっと黙り込んだ。そうしていよいよ本格的に優位に立ったユンファさんは、やけに妖艶なささやくような声でこう言う。
「…ふぅん…ボクちゃんは有名大学出の優秀なエリート様の癖して、そんなこともわからないんだ…? そう…それなら仕方がないな…。じゃあお兄さんが教えてあげる…――僕が君と別れたい、その理由というのはね……」
「…………」
俺は何となしこの寝室の天井――白い無地のつるつるとした光沢のある天井――を見上げ、そこへふー…としずかに紫煙を吹きつけながら、案外今からユンファさんが語ろうとしているその「(この男と)別れたい理由」にちょっとした興味をそそられている。
……たしかに俺もまた、例の通話でのこの男の傲慢 な態度から、およそこの男はろくでもないと――このような男ではまずユンファさんのことを幸せにはできないはずだと――思ってはいたが、といっても俺とこの男とには面識がない。俺からすれば名も知らぬ顔も知らぬ男である。
要するにあれだけのことでこの男を「ろくでもない」と俺が判断したことは、まあ我ながら早合点 だった、とも言えるわけである。
まして、たしかにあの通話ではユンファさんのことを「どこまでバカなんだ」なんぞと見くびっていたこの男だが、しかしそうした悪態というのは、気の置けない親しい間柄であれば笑って許される場合もままあろう。
しかしまあわざわざセックス中に、あたかも俺に戦利品を見せびらかすように、俺にマウントを取るかのごとく電話をかけてきたことに関しては、それこそ「ろくでもない」といえる行為には違いない。が、といってそれというのも、結局はこの男が主導したことかユンファさんが主導したことか、俺には判断がつかない。
いや――ここであらためて考えてみれば、「俺と別れるため(だけ)にこの男と付き合った」というユンファさんの言葉からも、それに関してはユンファさん主導でのことだったのではないか。
それこそ先ほど男が「あのときもしつこいセフレと縁を切りたいから、と言っていた癖に(未練が募 っている様子だった)」と言っていた、その「あのとき」というのは、ほとんど間違いなく例の通話時のことを指している。――そして先ほどユンファさん自身も、「俺に自分を諦めさせるためだけ(俺と縁を切るためだけ)」にこの男と付き合った、と言っていた。
とすると、あの通話に関してはやはりユンファさん主導でのことだったと思われる。
なおこれというのは結局は俺が推察していたとおりのことでもあるのだが、つまりユンファさんはあのように、彼氏となったこの男とのセックス中にわざわざ俺と通話をすることによって、――そうして俺の善意や男としてのプライド、彼への愛情を踏みにじることによって、――俺を傷つけ、失望させ、その結果俺に自分を諦めさせようとしていたのである。
しかしそれもあればなお……要は俺の、こいつはろくでもない男だ、ユンファさんはこんな男とではまず幸せになれない――というこの男への悪い印象は、俺の嫉妬、悔恨、それから直感をもって、いわば俺が主観的に決めつけていたところもあるのである。
……といってもユンファさんが「いつかは別れようと思っていた」と言うくらいなのだから、(それの内容にもよるが)もしかすると俺のその直感は当たっていたのかもわからない。…との真偽を確かめたいという単純な好奇心にも加えて、何なら俺の恋敵 が今にフラれる、それも今にそのフラれる理由をユンファさんに突きつけられるとは、なかなか俺にとっては面白い展開だ。――と俺が、なかば興味本位で背後の彼らの会話に耳をそばだてていると、……
「……ふ、――なんてね……?」
とユンファさんが、黙ってその「理由」を聞きおこうとしているらしい男のことをあざ笑う。
「……、…」
え。まさか言わないつもりなんですか貴方、と俺も俺で少々動揺しているが……ユンファさんはその冷笑をもってこう続ける。
「ねえボクちゃん、それくらいその賢い頭で考えなよ…。わかるでちょ、だって頭良いんだもんね…?♡ んふふふ…――まあ、だが最後の情けだ…。僕が君と別れたいと思った最大の理由を、二つだけ教えてあげる……」
「…………」
俺はつまんでいたタバコの先を灰皿に押しつけて火を消しながら、…まあたった二つでもその「理由」を知れるだけいいかと多少の安堵をしている。
もちろん(完全にではないにせよ)部外者といえばそのような俺には関係のないこと、正直俺にとってはどうでもいいことといえば全くその通りなのだが、一回興味をそそられた事柄において何一つ知れないまま、真実が闇に葬 られたまますべてが終わってしまっては、少々俺としても快くない。――いや関係ないとはいったが、しかし彼が男と別れたいと思ったその「理由」、それを俺が今に把握しておくことは、案外今後(ユンファさんと付き合う予定の)俺の役に立つことかもしれないか。
いやまさる俺の好奇心は、俺の心臓をドク、ドクとすこし緊張させる。それで……ユンファさんはやけに色っぽい、嫌味なほどやさしげな声でこうその「理由」を語った。
「まず一つ目…君 の ち ん こ が 驚 く ほ ど 小 さ い から。君のミニマムサイズだと、正直僕の気持ちいいところに全然届かないんだよね……」
「……、…」
そ、そんなこと……といったらまあ失礼か、たしかに世の中には実際パートナーの性器のサイズを真剣な悩みの種としている人も存在している以上、「そんなことで」と言ってのけてしまうのはもしか浅慮 なことなのかもしれない。
まして、たしかにユンファさんは先ほどもそういったことは言っていたわけだ(この男の性器が小さいのでセフレとしても微妙だと)。もともと三度の飯よりセックスが好きな彼である。すると彼にとったらいよいよ本気で、パートナー選びの条件のうち、性器のサイズというのもわりに重要な要素ではあるのだろう。
といって――少なくとも俺の役に立つ「別れる理由」ではないことも確かである。自慢じゃないが俺のは人よりも大きい。…まあ晴れて俺は(というか俺の性器は)その条件をパスしたと思えばこれも素直に喜べるにはそうなのだが、参考にはならないと若干の肩透かしは確かに食らっている。
しかしまだ二つ目が残っている。
あるいはそれこそが今後(ユンファさんと付き合っている最中)俺が気をつけるべき何か、何かしら俺にとって有益な情報となる何かかもわからない。
なおその一つ目の「理由」にはさすがに男のプライドを傷つけられた男は、何かしら怒鳴るような声で反論しているらしかったが、それにも動じず悠々とユンファさんは「次に二つ目…」と相変わらず、やけに妖艶なやさしげな声で続ける。
「君、粗チンの癖にセックスまで下手くそで、全然イけないから…。え…? イッていただろって…? んふ…お兄さんね…、ボクのためにイく演技をしてあげていたの……」
「……、…」
なるほど……俺にとってはこの二つ目の理由においても残念ながら役には立たない。――ユンファさんは俺に抱かれるとひっきりなしというほどイくからである。ともすれば、俺が勃起を押し込むたびに甘イきする状態にまでおちいる彼が、仮にあれを演技でやっているというのなら相当すごい。いや、そもそもそうならさすがの彼だって、俺の肉体を夜通しというほど求めてきやしないことだろう。
『ふざけんなよ、! お前調子に乗るのもいい加減に……』
「じゃあねボクちゃん…? 色んな意味でお勉強頑張るんでちゅよーー…。……」
ちゅ、と軽快な(皮肉な)キスの音、――ユンファさんは非情にも一方的に通話を切った。
「……ふっ…、ククク……」
俺は片手で自分の額をおおい、苦笑いをこぼしながら目をつむった。――最後の情けね。かえってこの俺が男のほうに同情するほど、非情なほどの徒 情けっぷりである。このままでは彼、いつ誰に刺されてもおかしくはないな。
それにしても……これは多少驕 ったところのある自負ではあるのだが、ある種の職業病から人並みならぬ観察眼を持ちうる俺でさえいまだに、どうもユンファさんという人を掴みきれていない。「掴みどころがない」というのはまさにこういう人のことを言うのである。
それこそ先ほどまでは驚くほどに健気な、無垢な、純情なふうにしおらしかった彼が、そして例の通話においてもあの男に対して、いっそ脅されているのでは、逆らおうにも逆らえないのでは、洗脳でもされているのでは、何かしらの助けが必要なのではと思えるほどに従順、気弱、あれほどまでに大人しげであった彼が、――とたんにいつもの彼、人、ことに自分の魅力に溺れている男を愚弄して楽しんでいるかのような、自分に惚れ込んでいる男を翻弄しては内心ほくそ笑んでいるかのような、……
ここで俺はふとユンファさんのこのセリフを思い出した。
“「……ふ…、僕に愛されたいと願った男は、みんな地獄に堕 ちるんです…――何故なら、僕が地獄に堕とすから……」”
そう…そういえば俺たちが初めて対面したあの夜、あの最初の夜に彼はこんなことを言っていた。それもこのセリフのあとに彼は、「彼氏が不幸になると、逆に僕はとても幸せになれるんです」というようなことまで言っていたろう。
……俺が思うに、とどのつまりが――ユンファさんのああした健気さやしおらしさ、従順さ、純情さというのでさえもしかすると彼の策の内の一つ、それというのでさえ、彼の魅力に囚 われている我々を翻弄するため、たぶらかすため、…いわば我々を地獄に堕とすための猫かぶり、要は彼の演技なのではないか?
――まるで九尾 の狐 、本当に悪い男である。
……まあとすると俺は、そのうちユンファさんに取って喰 われてしまうのかもわからない。もちろんそれさえ望むところだがね。
「……ふーー……」
といつの間にか俺の隣に立っているユンファさんが、ややうつむき気味の伏し目で、火をつけた黒いタバコをその赤い唇にくわえたまま、それの煙を下方へ吐き出している。なお彼は勝手に俺のタバコを吸っている。…カシャン、…今彼の手によってベッドサイドテーブルの上に軽く放られたライターも、俺の銀のオイルライターである。
――思えば彼はやけに身軽な格好でこの家に来ているので(それこそ手荷物といえば俺のトレンチコートが入った紙袋くらいのものと見受けられたので)、もしかするとここには自分のタバコを持ってきていないのかもしれない。
俺はその自若 とした無表情の横顔に微笑を向けながら、その平然とした伏し目でタバコをふかしている美男子をこうからかう。
「貴方って悪い人。」
「……、…」
するとユンファさんのその薄紫の瞳がつぅと鋭利なツリ気味のまなじりに寄り、俺を、人のタバコを断りもなく勝手に吸っているくせ、――ましてや、それでも自分を愛していた男をああして愚弄しながら酷薄にふっておいて、――何ら悪びれた様子のない彼の、その無感情的に澄みわたった薄紫の瞳が隣の俺を見やる。
「…そうでしょ。……」
ユンファさんはそうとだけ言って目を伏せると、テーブル上のガラスの灰皿へタバコの灰をとんとんと落としたのち、またその赤い唇にタバコの端をくわえながら、今度はやや顎を上げて上のほうをぼんやりと眺めはじめる。彼のその気だるげな切れ長の両目は、俺がベッドサイドテーブルの上の壁に飾っている、アメリカンな金髪青目、そして真っ赤な唇をもったなまめかしい美女の絵画をぼんやりと眺めているようだ。
俺はニヤニヤとしつつ、その端整な冷ややかな白い横顔にこう嫌味まじりに尋ねてみる。
「…ところで、俺の煙草 のお味はどうです。」
「……ふーー……」
すると、ユンファさんは壁にかざられた美女の絵画に煙を吹きかけ、そうしてその軽くすぼめられた赤い唇から細く吹き出される煙の勢いがおだやかになってから、気だるげな横顔でこう答える。
「…僕にはちょっと軽すぎる」
「……ふふ、そう。……」
そうしてユンファさんは俺の愛飲するタバコを「軽すぎる」というが、その実俺のそのバニラフレーバーのタバコの刺激は、いわば強くも弱くもない中庸 に位置する。つまり世間一般の基準でいえば俺のタバコは決して「軽い」とはされない。
しかしその一方で、ユンファさんの愛飲するタバコはラム・チョコレートの甘いフレーバーのわりに刺激が強い。彼はその甘いが重たいタバコをゆっくりと少しずつ吸うのが好きなのだ。
それだから彼にとって俺のタバコは「軽すぎる」のである。――ちなみに彼の愛飲するタバコの刺激が強いぶんか、彼が一日に喫 するタバコの本数はわりと少ないほうだ。一方で俺は、かえって(タバコの刺激に慣れている喫煙者ならば)ある程度連続して吸える程度の刺激であるぶん、彼よりは一日に喫する本数も多い。…とはいっても(執筆作業などの兼ね合いで日にもよるが)日に一箱空けない程度だが。
「……ふーー…」とユンファさんがぼんやりと上のほうを眺めたまま、赤い唇から紫煙をゆるやかに吹いたあと、
「…あと、ちょっと甘すぎ。」
……なんて、その無表情の端整な白い横顔でぼそりと文句を言う。あぁ、ここにきて彼、やっと図々しいまでの文句を言ったな(もはや俺は安心感さえ覚える)。
しかしそうは言うが、俺のタバコも彼のタバコもフィルターには同じように甘味料が塗られているし、
「…お言葉ですけれど、ユンファさんのお煙草だって甘いでしょう。ラム・チョコレートとバニラじゃそう大差ないですよ」
との俺のこの反論に、ユンファさんはその無表情の横顔でさらにこう反論をしてくる。
「…いや、バニラってまた子どもっぽいじゃないか。悪いが僕の煙草にはラムが入っているから。」
「…なるほど。……」
……ところで、どうも人が吸っていると自分もタバコを吸いたくなるものである。――先ほど吸ったばかりだが――俺は目を伏せながら自分の黒革のシンプルなタバコケースから一本取り出し、その黒いタバコの甘いフィルターをくわえる。そこでユンファさんがぼそりと俺にこう言ってくる。
「…これ吸ったらシャワー浴びてくる」
「……うん…、……」
俺はそう鼻を低く鳴らすように返事をしたあと、銀のオイルライターで、自分がくわえたその黒いタバコに火をつけた。
「……、…ふーーー…――。」
確かに――ちょっと、今ばかりは甘ったるいかもな。
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